モンゴル支配時代のチベットについて最も詳しい『フゥラン・テプテル』は1346年編纂のためにソナム・ロドゥに言及せず、1434年成立の『漢蔵史集』にやや詳しい記録が残る[2]。『漢蔵史集』によるとソナム・ロドゥはクンガ・レクペー・ギェンツェン・パルサンポと第5代帝師タクパ・オーセルの姪の間の息子で、父親が25歳の時、すなわち1332年(壬申)に生まれたという[2]。その後、30歳になった1361年にトガンテムル(Tho gan the mur=順帝トゴン・テムル)より帝師の称号をチベット在住のまま贈られた[2]。そして大元ウルス朝廷に招かれて皇帝の師となったが、帝師就任から1年足らずの1362年にMe tog ra baで死去したとされる[2]。