ソニーDADCジャパン

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略称 DADJ
本社所在地 日本の旗 日本
421-0305
静岡県榛原郡吉田町大幡1300番地1
設立
  • 1968年3月11日(創業、シービーエス・ソニーレコード株式会社)
  • 2001年10月1日(現法人、株式会社ソニー・ミュージックマニュファクチュアリング)
株式会社ソニーDADCジャパン
Sony DADC Japan Inc.
種類 株式会社
略称 DADJ
本社所在地 日本の旗 日本
421-0305
静岡県榛原郡吉田町大幡1300番地1
設立
  • 1968年3月11日(創業、シービーエス・ソニーレコード株式会社)
  • 2001年10月1日(現法人、株式会社ソニー・ミュージックマニュファクチュアリング)
廃止 2019年4月1日ソニー・ミュージックソリューションズに吸収合併され解散)
業種 化学
法人番号 4080001013989 ウィキデータを編集
事業内容 光ディスク及びレコード等の製造
代表者 代表取締役執行役員社長 石原浩一
決算期 3月31日
主要株主 ソニー・ミュージックエンタテインメント 100%
特記事項:2019年3月31日時点での情報
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株式会社ソニーDADCジャパン(ソニーディーエーディーシージャパン、: Sony DADC Japan Inc.)は、かつて存在した日本光ディスク製造会社。株式会社ソニー・ミュージックエンタテインメント(SMEJ)の完全子会社であった。

主にソニーグループ各社が発売元となるCD-DADVD-VideoBlu-ray DiscSuper Audio CD及びPlayStationシリーズの各ソフトウェアのプレスとパッケージングを手掛けている。1990年代にはレーザーディスク及びミニディスクの生産も行っていた。このほか、ソニーグループ外の他社からの生産委託も行っている。

プレスの主力拠点は静岡県榛原郡吉田町に所在する静岡プロダクションセンターである。創業地である大井川プロダクションセンターは焼津市の旧大井川町域に所在する。また、静岡プロダクションセンターの看板にはかつてのSME市ヶ谷ビルと同様、旧SME(←CBS・ソニー)時代の社章(1991年から1998年までのCI。通称「ウォーキング・アイ」マーク)が2019年3月頃まで掲げられていた。また、大井川プロダクションセンターの隣には2015年にSMEJ傘下の物流企業・ジャレードの大井川センターが設置された。

歴史

元はソニー・ミュージックエンタテインメント(SMEJ)の前身、CBS・ソニーレコードのプレス工場である。1974年に子会社として分離された後、1988年に吸収合併され、2001年に再び株式会社ソニー・ミュージックマニュファクチュアリングとして分離された。

2007年から短期間、日本コロムビア(当時はコロムビアミュージックエンタテインメント)のプレス委託先であったCDMパートナーズ(当時はコロムビアデジタルメディア)が神奈川県川崎市から当社の静岡工場大井川敷地内に移転したが、わずか2年後の2009年に会社自体が倒産している。

2009年にソニーの子会社に異動。同時に、ソニーPCLが行っていた米国大手映画会社の日本法人に対するビデオソフト制作機能を承継し、株式会社ソニーDADCジャパンに商号を変更した[1]

ソニーグループにおける光ディスクのプレス機器の技術開発と全世界のプレス工場の経営管理を担う会社、株式会社ソニーDADC(旧・株式会社ソニー・ディスクアンドデジタルソリューションズ)を2014年4月1日に吸収合併した。グループ会社にあたるソニーデジタルオーディオディスク英語版はプレス工場がある世界各国毎に存在する。

2015年に再びソニー・ミュージックエンタテインメント(SMEJ)の子会社となった[2]。2018年には約29年ぶりにレコードの生産を再開した[3]

2019年にジャレードと共にソニー・ミュージックコミュニケーションズに吸収合併され、株式会社ソニー・ミュージックソリューションズとして再編された[4]

沿革

  • 1968年(昭和43年)
    • 3月11日 - ソニー株式会社(現・ソニーグループ株式会社)及びColumbia Broadcasting System Inc.(現・CBS Inc.)の共同出資により、シービーエス・ソニーレコード株式会社(初代法人)を設立[5]
    • 12月 - 静岡県志太郡大井川町(現・焼津市)に静岡工場(現・大井川プロダクションセンター)が竣工[5]
  • 1969年(昭和44年)
  • 1973年(昭和48年)
    • 8月 - シービーエス・ソニーレコード株式会社(初代法人)が、株式会社シービーエス・ソニー(初代法人)に商号を変更。
  • 1974年(昭和49年)
    • 8月 - 株式会社シービーエス・ソニー(初代法人)の会社分割により、静岡工場をシービーエス・ソニーレコード株式会社(二代目法人)として分離[5]
  • 1982年(昭和57年)
  • 1983年(昭和58年)
    • 8月 - 親会社の株式会社シービーエス・ソニー(初代法人)が、株式会社シービーエス・ソニーグループに商号を変更。
  • 1988年(昭和63年)
    • 3月 - 株式会社シービーエス・ソニーグループに吸収合併され解散。静岡工場は同社の事業に移行した[5]
  • 1989年(平成元年)
  • 1990年(平成2年) - レコードの生産を休止。
  • 1991年(平成3年)
  • 1992年(平成4年)
  • 1997年(平成9年)
    • 2月 - DVDの生産を開始[5]
  • 1998年(平成10年)
  • 2001年(平成13年)
    • 10月1日 - 株式会社ソニー・ミュージックエンタテインメント(初代法人)の会社分割により、工場部門を株式会社ソニー・ミュージックマニュファクチュアリング: Sony Music Manufacturing Inc.)として分離。後藤修が代表取締役社長に就任[7]
  • 2002年(平成14年)
    • 2月16日 - 後藤修が代表取締役社長を退任し、森史朗が代表取締役社長に就任[8]
  • 2003年(平成15年)
    • 2月16日 - 森史朗が代表取締役社長を退任し、岡部篤が代表取締役社長に就任[9]
    • 4月1日 - 株式会社ソニー・ミュージックエンタテインメント(初代法人)の会社分割により、音楽系統括会社として株式会社ソニー・ミュージックエンタテインメントが設立されたのに伴い、同社の子会社に異動[10][11]
  • 2004年(平成16年)
  • 2006年(平成18年)
  • 2009年(平成21年)
    • 4月1日 - ソニー株式会社の完全子会社に異動。ソニーピーシーエル株式会社の米国大手映画会社の日本法人に対する映像ソフトの営業部門を承継し、株式会社ソニーDADCジャパン: Sony DADC Japan Inc.)に商号を変更[12]ポストプロダクション拠点として東京事業所開設。
  • 2010年(平成22年)
    • 11月16日 - 沢田和実が代表取締役社長を退任し、宮村雅男が代表取締役社長に、榊原光広が代表取締役副社長に就任[13]
  • 2011年(平成23年)
  • 2014年(平成26年)
    • 4月1日 - 株式会社ソニーDADCを吸収合併[14]
  • 2015年(平成27年)
    • 4月1日 - 株式会社ソニー・ミュージックエンタテインメントの完全子会社に異動[15]。石原浩一が代表取締役専務に就任[16]
    • 8月16日 - 榊原光広が代表取締役副社長を退任[17]
    • 9月1日 - 宮村雅男が代表取締役社長を退任し、石原浩一が代表取締役社長に就任[18]
  • 2016年(平成28年)
    • 3月8日 - ソニーピーシーエル株式会社との連携により、Ultra HD Blu-rayの生産を開始[19]
  • 2017年(平成29年) - UMDの生産・出荷完了。
  • 2018年(平成30年)
    • 1月 - レコードの生産を再開[20]
  • 2019年(平成31年)

事業所・施設

脚注

外部リンク

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