ソロヴェツキー諸島
ロシアの白海の諸島
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ソロヴェツキー諸島(露: Солове́цкие острова́)は、白海オネガ湾に浮かぶ6つの島で構成される諸島である。ソロフキ(露: Соловки́)というポモール方言の別名でも呼ばれる。行政上はロシアのアルハンゲリスク州に属すソロヴェツキー区である。ソロフキ空港が所在する。面積347km2、人口968人(2002年の調査)。
地理
ソロヴェツキー諸島は6つの島から構成されている。
- ボリショイ・ソロヴェツキー島(Bolshoy Solovetsky Island) - 246 km2
- Anzersky Island (Anzer) - 47 km2
- Bolshaya Muksalma - 17 km2
- Malaya Muksalma - 0.57 km2
- Bolshoy Zayatsky - 1.25 km2
- Maly Zayatsky - 1.02 km2
諸島の海岸線はとても入り組んでいる。島は花崗岩や片麻岩から成っている。地形は丘が多く、最高地点は107mである。諸島の大半はヨーロッパアカマツとオウシュウトウヒからなる森林で覆われ、一部は沼地となっている。多くの湖があり、修道士たちにより運河のネットワークを構成するように互いに連結されている。
修道院


歴史的には、諸島はロシア正教のソロヴェツキー修道院で知られている。この名高い修道院は、キリロ=ベロゼルスキー修道院からやってきた修道士サヴァティとゲルマン[1]により、15世紀後半に創建された。16世紀後半までに修道院はもっとも裕福な地主となり、またロシアにおけるもっとも影響力のある聖地となった[2]。 現在の拠点とその主要な教会はイヴァン4世統治期初期に、モスクワ府主教フィリップ2世の依頼で石で建造された。17世紀のニーコンの改革とそれに続く古儀式派への迫害はこの修道院にも及んだ。修道士たちは従来の信仰を変えることなく、ツァーリの代理人を追放したため、ツァーリアレクセイの軍隊による8年に及ぶソロヴェツキー修道院包囲攻撃を招き、最終的に多数の修道士が殺害された。
ロシアの帝政期を通じて、修道院は強固な要塞として知られ、リヴォニア戦争(16世紀)、大動乱期(17世紀)、クリミア戦争(19世紀)、ロシア内戦(20世紀)と外敵を退け続けた。

