ソーシャルストーリー
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自閉スペクトラム症のある子どもは、社会的規範や他者の意図を直感的に理解することが難しい場合があり、これにより集団生活や学習環境で不安や混乱を感じることがある。こうした困難は、誤解や不適切な行動につながる。ソーシャルストーリーは、そのような「社会的理解のギャップ」を埋めることを目的としており、個々の状況に応じて文脈を丁寧に説明することで、行動の改善や社会的適応の促進を目指す。
当初は主に自閉スペクトラム症(ASD)の子どもや成人を対象として開発されたが、その後の研究により、ASD以外の発達特性をもつ子どもや定型発達の子どもに対しても有効であることが示されている。こうした知見を踏まえ、近年の基準では対象をASDに限定せず、すべての子どもを含めるようになった[2]。
ソーシャルストーリーの作成と提示は、「目的の設定と情報収集」「ストーリーの執筆」「ストーリーの提示」の3つのステップで構成される。これらのステップには、キャロル・グレイが定義した10の必須基準があり、これによって他の一般的な文章やソーシャルナラティブと区別される[3]。
特徴
キャロル・グレイによるソーシャルストーリーは、以下の10の基準に基づいて構成される。
1. 目的
- ソーシャルストーリーの目的は、「社会的に意味のある情報を、正確かつ肯定的・安心感のある方法で提供すること」である。第1基準として「社会的謙虚さ」が基盤に据えられている。これは、作成者自身の理解や解釈も誤り得るものであり、自閉症の人々の視点も同様に有効であり尊重されるべきであるという認識に立つ姿勢を指す。したがって、目標は一方的に「正しい行動」を教え込むことではなく、著者の意図したメッセージが、受け手(読者)に無傷かつ正確に伝わることを確実にすることにある[4]。
- 不安を取り除くためにストーリーを作成する場合には、単に「怖がらなくていい」と伝えるのではなく、その対象が何で、なぜそのような音や動きをするのかという正確な情報を示す。例えば、洗濯機の音や回転を怖がる子どもに対しては、その恐怖心を和らげ、洗濯機の役割を理解してもらうことを目的にストーリーが作られる。子どもにとって洗濯機は予測不能で恐ろしい存在に見えることがあるが、「服をきれいにするための道具である」という事実を伝えることで認識を変えていく。さらに、汚れた服を入れ、水と石けんで洗い、最後にきれいな服が出てくるという一連の仕組みを、理解しやすい形で具体的に説明する。このようにプロセスを明確にすることで、出来事が予測可能なものへと変わり、不安の軽減につながる。そして「安全で大丈夫」という言葉を繰り返し示し、動いている間も近くにいて問題がないことを伝えることで、安心感を支えていく[5]。
2. 2段階の調査
- ソーシャルストーリーの作成にあたっては、対象となる子どもの特性やニーズに関する詳細な情報収集が必要とされる。このプロセスはストーリーの個別化を図るうえで重要な工程とされており、汎用的あるいは既製のストーリーの使用は原則として推奨されていない[6]。
- 子どもの視点を理解する
- 子どもをよく知る保護者、教師、支援員などからの聞き取りや、子ども自身による描画などを通じて、当該状況に対する子どもの理解や混乱の要因を明らかにする。「なぜ怒っているのか」「何を誤解しているのか」などの視点から情報を整理する。
- 話題を決定する
- 収集した情報をもとに、ストーリーで取り扱う題材を明確化する。例として、「昼休みが過ごしづらい」といった広範な問題に対し、「どこに座ればよいか分からない」といった具体的な課題へと絞り込む。
- 情報収集の結果、ソーシャルストーリーを書くよりも、いじめの解決や環境調整といった別の解決策の方が適していると判断された場合には、代替的な支援法の検討が推奨される。例えば、子どもが食堂の列で困っている場合にはストーリーが有効だが、いじめにあっているなら「食堂での食べ方」を教えるストーリーは不適切であり、別の介入が必要になる[7]。
3. 3つの構成とタイトル
- 序文・本文・結末で構成され、肯定的かつ簡潔なタイトルがつけられる[3]。
- タイトル:「髪の毛を切るって楽しい」「いい匂いで気分がいい」「どうして怒るの?」
- 序文:ポジティブに主題を紹介(例:「毎日体を洗っています。こうしていい匂いを保ちます。」)
- 本文:具体的な情報を追加(例:「みんな体を洗って清潔にします。私はいい匂いが好きです。」)
- 結末:主旨をまとめポジティブに締める(例:「私も、家族も友だちも、いい匂いが好きです。」)
4. フォーマット
- 個人の学習スタイル、注意持続時間、理解度、読解力を考慮して内容および表現方法を調整する。視覚的支援として絵や写真を使用したり、音声読み上げが用いられる場合もある。文章の長さ、フォントサイズ、1ページあたりの文字数は、理解度や集中力に応じて調整される。
- 行動の般化を促すための視覚的提示の工夫も行われる。例えば、同じトイレをさまざまな角度から写した写真や、色・形の異なる複数のトイレの写真を提示し、「どの方向や種類であってもトイレである」という概念形成を支援する。さらに、トイレ単体ではなくバスルーム内に設置されている様子も示すことで、文脈(コンテキスト)の中で対象を理解できるようにする[8]。
5. 5つの言語使用ルール[6]
- 「あなた」という表現は命令的・指示的な印象を与えやすいため、二人称は使用せず、一人称や三人称を使用する。
- 批判的・威圧的・命令的な表現を避け、穏やかで前向きな語調を心がける。子どもが安心して内容を受け入れ、自分の行動について前向きに考えられるような、やさしく落ち着いた言葉遣いが求められる。
- ×「校長先生が集会で話しているときに、私は話を遮るべきではない」
- ○「子どもたちは、校長先生が集会でみんなに話しているとき、静かに耳を傾けようとします」
- 時制(過去・現在・未来)を使い分ける。
- 自閉症の子どもは、言葉を字義通りに受け取る傾向があるため、比喩表現や多義的な言い回しを避け、文字通りに言葉を使用する。
- 動詞などの語彙を正確に使用する。
- ×「ジェーンはスーパーマーケットで食べ物を手に入れる」
- ○「ジェーンはスーパーマーケットで食べ物を買う」
6. 6つの質問(5W1H)
- 誰が・何を・どこで・いつ・なぜ・どのようにといった問いを用いて状況の背景を明らかにする。
7. 7種類の文
- 事実文:特定の状況や背景を客観的かつ明確に説明する文。意見や推測を含まない。
- 視点文:ある状況において他者がどのように感じるかを記述する文である。これにより、子どもが他者の立場や気持ちを理解する手助けとなる。(例:「みんなが映画館に行くのを楽しみにしています。」「私がベストを尽くすと、お母さんは私をとても誇りに思ってくれます。」)
- コーチング文:子ども自身の反応を描写・提案する文。特定の状況や出来事に対する望ましい反応や行動の選択肢を前向きな表現で提示する。(例:「毎食後に歯を磨きます。」「遊び終わったらおもちゃを片付けるようにします。」)
- 調整文:物語を読んだ子ども自身が作成する文であり、状況において自分が活用できる解決方法を記憶しやすくする役割を担う。(例:「歯を健康に保つために、毎食後に歯を磨く必要があります。」「遊び終わったら、誰かがつまずかないようにおもちゃを片付ける必要があります。」「悲しい気持ちになったときは、お絵かき帳に絵を描くことができます。」)
- 肯定文:既述の内容を補強・支持する文であり、共有された価値観や意見を強調する。(例:「毎食後に歯を磨くようにします。歯を健康に保つことはとても大切です。」)
- 協力文:特定の状況や活動において、他者が果たす重要な役割を子どもが理解できるよう支援する文である。(例:「この通りには車がたくさん走っています。両親が安全に道を渡るのを手伝ってくれます。」)
- 空欄文:特定の状況に対する適切な反応を、子ども自身に考えさせるために空欄補充形式で用いられる。(例:「大人は自分の順番を待って_____するのが礼儀だと考えています。」)[9]
8. 文構成のバランス
- ストーリー全体のうち少なくとも50%は、個人の達成や成功を称える内容、あるいは確立された才能、能力、肯定的な資質を称賛する内容で構成する必要がある[4]。
- ソーシャルストーリーは、子どもに対して単に行動を指示するものではなく、建設的な情報を提供するものである。そのため、キャロル・グレイは、ストーリーが指示的ではなく記述的な構成になるよう、文構成のバランスに関する基準を提示している。
「説明する文(事実文・視点文・肯定文)」の数 ÷「コーチング文」の数 ≥ 2
- 基本的に、コーチング文1つに対して2〜5の説明文を含む構成が望ましいとされている[3][10]。2023年の改訂では、この基準がさらに強化され、説明文をコーチング文の4倍以上(4:1以上)に保つことが推奨されるようになり、タイトルも説明文としてカウントされるようになった。また、1つのストーリーに含めることができる「本人へのコーチング文(本人への提案)」は最大1つまでと定められた[4]。
9. 興味関心を取り入れる
- 内容に子どもの興味や嗜好(例:趣味、好きなキャラクター)を取り入れることで、理解や共感を促す。
10. 編集と導入に関するガイドライン
- ソーシャルストーリーは、静かで安心できる環境で提示される。ストーリーの編集は、子どもに関わるチームによって行われ、場合によっては子ども本人も参加する。導入時には、「あなたのために書いたストーリーがあるよ」などのポジティブな言葉が用いられる。内容の理解度は、調整文や空欄文の作成などを通じて確認される。
- 提示後はモニタリングが行われ、必要に応じて内容の修正や更新が行われる。複数のストーリーは個々に応じて整理・保管され、類似テーマのストーリーと関連付けることで概念の拡張が図られる。また、ストーリーは再利用や続編の形で提示されることがあり、スキルの習得後には称賛や成功を強調するストーリーに再構成される[3]。
歴史
1986年から1991年にかけて、キャロル・グレイが勤務していたジェニソン公立学校は、自閉症の生徒を一般学級や地域の職場へ適応させるための「チャレンジ・グラント(助成金事業)」を受けていた。この時期、キャロルは生徒たちを支援するために、「ソーシャル・パケット」と呼ばれる手順書のような文書を書き始めた[11]。
ソーシャルストーリー誕生の直接的なきっかけは、1990年に高校生のエリックと交わした対話であった。エリックは約15年間にわたり「授業中や集会で発言を遮る」という行動上の課題を抱えており、キャロルと何度も「二度と割り込みはしない」と約束しながらも改善できずにいた。キャロルは彼とともに集会のビデオを見直し、双方の認識を書き出す「ソーシャル・リーディング(Social Reading)」という手法を試みた。その結果、エリックが「部屋には自分と話し手の二人しかいない」と認識していたことが明らかとなった。彼は幼少期にキャロルに教えられた「話しかけられたら答える」というルールを忠実に守っていただけであり、周囲に他者が存在するという文脈を十分に理解していなかった。エリックは話を遮るのをやめたいと述べ、自ら改善のため、「手を挙げる」「他の人が話しているときは聞く」「他の人に話を振る」など必要な行動を列挙し始めた。リストを手に教室へ戻ったエリックは、授業で手を挙げてから発言をするようになった[12]。
キャロルはエリックから学んだことを活かし、同年、幼稚園児ティムのために体育のルールを説明する『チャーリー・オーバー・ザ・ウォーター(Charlie Over the Water)』という最初のストーリーを書いた。ティムは毎週の体育の授業で行われる「チャーリー・オーバー・ザ・ウォーター」という遊びのルールが理解できず、パニックになって泣いてしまっていた。ティムは毎日一度、そして次の体育の授業直前にこの物語を読み返した。その結果、次にこの遊びが行われた際には自ら手を挙げてチャーリー役を志願し、適切に参加できるようになった[13]。
キャロルはアシスタントの力を借りて、ティムが苦労していた他の分野に対して「ヴァンラールテ校の休み時間」や「列」など追加の物語を書いた。しかしいくつかの物語は失敗に終わった。そこで効果があった物語に着目して分析したところ、主題は異なっていても、忍耐強く前向きなトーンが共通していることが明らかになった。この気づきは、その後のソーシャルストーリー作成における重要な指針となった[14][15]。
1991年には、アメリカ自閉症協会の年次大会でこれらの成果を発表し、オハイオ州の教師ジョイ・ガランドと出会った。両者の協力により、最初のガイドラインが作成された。1993年には、学術雑誌『Focus on Autistic Behavior』にソーシャルストーリーを体系化した初めての論文が掲載された。また同年、最初の書籍『The Social Story Book』が出版され、ソーシャルストーリーは実践的手法として広く知られるようになった[16]。