タイエ・タイウォ
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| 名前 | ||||||
| 本名 |
タイエ・イスマイラ・タイウォ Taye Ismaila Taïwo | |||||
| ラテン文字 | Taye Taïwo | |||||
| 基本情報 | ||||||
| 国籍 |
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| 生年月日 | 1985年4月16日(40歳) | |||||
| 出身地 | ラゴス | |||||
| 身長 | 183cm | |||||
| 体重 | 81kg | |||||
| 選手情報 | ||||||
| ポジション | DF | |||||
| 利き足 | 左足 | |||||
| ユース | ||||||
| 2003-2004 |
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| 2004 |
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| クラブ1 | ||||||
| 年 | クラブ | 出場 | (得点) | |||
| 2005-2011 |
| 192 | (17) | |||
| 2011-2013 |
| 4 | (0) | |||
| 2012 |
→ | 15 | (1) | |||
| 2012-2013 |
→ | 20 | (0) | |||
| 2013-2015 |
| 27 | (2) | |||
| 2015-2016 |
| 32 | (6) | |||
| 2017 |
| 13 | (0) | |||
| 2017 |
| 9 | (0) | |||
| 2018-2019 |
| 60 | (2) | |||
| 2020 |
| 0 | (0) | |||
| 2020-2021 |
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| 2021-2022 |
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| 2022 |
| 6 | (0) | |||
| 代表歴 | ||||||
| 2004-2012 |
| 54 | (8) | |||
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1. 国内リーグ戦に限る。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj | ||||||
タイエ・イスマイラ・タイウォ(Taye Ismaila Taïwo, 1985年4月16日 - )は、ナイジェリア・ラゴス出身の元サッカー選手。元ナイジェリア代表。現役時代のポジションは、DF(左サイドバック)。
クラブ
2005年1月10日にフランスのオリンピック・マルセイユに加入すると元日本代表監督であるフィリップ・トルシエ監督の下、名手ビセンテ・リザラズが抜けた左サイドバックを日本代表の中田浩二と争った。2006年にはアフリカ・ヤングプレーヤー・オブ・ザ・イヤーを獲得した。左サイドバックのレギュラーとして、2007-08・2008-09・2010-11シーズンの3度に渡りってリーグベストイレブンに選出された。
2011年6月1日にイタリアのACミランへの移籍が発表された。左サイドバックの定位置を確保するものと思われていたが、8月21日に行われたユヴェントスとの親善試合で足首を負傷し全治1カ月と診断された[1]。復帰後も戦術理解能力の低さから先発に定着できず、2012年1月24日にイングランドのQPRへ半年間のレンタル移籍が決定。
2013年7月、ブルサスポルへ完全移籍。契約期間は3年[2]。
2015年8月23日、HJKヘルシンキに移籍した。
2017年1月30日、FCローザンヌ・スポルトに移籍した。
2017年8月9日、AFCエシルストゥーナに移籍した。
2018年3月7日、ロヴァニエメン・パロセウラに移籍した。
2020年7月3日、ドクサ・カトコピアスFCに移籍した。
代表
オランダで開催された2005 FIFAワールドユース選手権に出場し2得点を挙げ、準優勝に貢献。大会3番目のプレーヤーとして、ブロンズボール賞を受賞した。2010 FIFAワールドカップ南アフリカ大会の代表にも選出されている。
ナイジェリア代表としては2004年11月17日の南アフリカ戦でデビュー。アフリカネイションズカップ2006のガーナ戦では決勝点となる代表初得点を挙げた。2008年、2010年のアフリカネイションズカップにも出場した。
北京オリンピック出場はマルセイユの要請を考慮し辞退した。
2010 FIFAワールドカップのメンバーにも選ばれ、アルゼンチン戦とギリシャ戦に先発出場した。