タイパ競馬場

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所在地 マカオの旗マカオタイパ島オリヴェイラ通り
座標 北緯22度9分17.13秒 東経113度32分52.28秒 / 北緯22.1547583度 東経113.5478556度 / 22.1547583; 113.5478556座標: 北緯22度9分17.13秒 東経113度32分52.28秒 / 北緯22.1547583度 東経113.5478556度 / 22.1547583; 113.5478556
開場 1980年
閉場 2024年
タイパ競馬場
氹仔馬場
施設情報
所在地 マカオの旗マカオタイパ島オリヴェイラ通り
座標 北緯22度9分17.13秒 東経113度32分52.28秒 / 北緯22.1547583度 東経113.5478556度 / 22.1547583; 113.5478556座標: 北緯22度9分17.13秒 東経113度32分52.28秒 / 北緯22.1547583度 東経113.5478556度 / 22.1547583; 113.5478556
開場 1980年
閉場 2024年
管理・運用者 マカオジョッキークラブ
収容能力 15,000人
コース
周回 右回り
馬場 芝・ダート
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タイパ競馬場
各種表記
繁体字 氹仔馬場
簡体字 氹仔马场
拼音 Dàngzǎi Mǎchǎng
発音: タンツァイ マーチャン
広東語拼音 tam5 zai2 maa5 coeng4
広東語発音: タンツァイ マーチョン
日本語読み: たんしばじょう
英文 Taipa Racecourse
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タイパ競馬場(タイパけいばじょう、繁体字中国語: 氹仔馬場)は、マカオタイパ島にあったマカオジョッキークラブ競馬場である[1]

2024年4月1日付けでマカオジョッキークラブとマカオ特別行政区政府との競馬運営権契約が解除され、閉場した[2][3][4]

タイパ競馬場は、第二次世界大戦太平洋戦争)で廃絶したマカオにおける競馬の開催権を獲得したマカオ・トロッティングクラブによって1980年に開設され、当初は1周2210m繋駕速歩競走(ハーネス競馬)の競馬場だった[5][6]

経営不振でハーネス競馬が中断した後、マカオジョッキークラブが経営を引き継いでサラブレッド平地競走に転換し、1989年9月10日に最初の競走が行われた。1990年/1991年シーズンに芝コースと夜間照明施設が整備された[1][5]

2024年1月15日、マカオジョッキークラブの経営難により政府との競馬運営権契約が同年4月1日付けで解除され、競馬の開催が停止されることがマカオ政府から発表され[2]3月30日に最後の競走が開催された[4][7]

契約解除後もしばらくは一部のスタッフが残って競走馬の世話を続け[8]、閉鎖期限の2025年3月31日までに最後まで在厩していた289頭のうち177頭が中国本土珠海市に移出された。馬は再訓練を受けて広東省一体(粤港澳大湾区)の馬産業に供用されるという[9]。一方、122頭の行き先は不明と報じられている[10]。なお、競馬場の敷地には約100匹の野良猫が住み着いており、彼らも珠海に移送されることになったが、マカオ世論の反発により動物愛護団体を通じてマカオ域内の里親に引き取られた[11]

競馬場の用地と関連施設はマカオ政府に無償で引き渡されるが[12][13][14]、跡地の利用方法は未定で、2025年現在、競走馬と野良猫の消えた馬場は荒れ果てた草むらと化している[15]

コース

右回り。外側が1周1600mの芝コース(直線370m)、内側が1周1400mのダート(砂)コース(直線320m)になっていた[1][16]

フルゲートは芝・ダートともに12頭[16]

設備

グランドスタンド(大看台樓)は4階建てで収容人数1万5000人[16]。ただし、2020年代には入場者数減少のため、1フロアのみオープンしていて入場料も無料となっており、上層階のレストランも閉鎖されていた[17]

厩舎は14棟あり、1183頭の現役競走馬を収容できた。また、別に60頭分の検疫馬房、28頭分の休養馬房、その他引退馬や乗馬訓練学校の馬を収容する馬房があった。休養馬のための休養区も場内に設けられていた。このほか、競走馬診療所や馬用プールも整備されていた[18]

アクセス

脚注

外部リンク

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