タパチュラ
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歴史

元はマヤ人の都市「Xelajú」(シェラフ)の配下の土地で、マヤ語族のマム語を話す人々が暮らしていた。歴史をさかのぼれば13世紀のアステカ人の都市に行き着く。この地域が経済的に重要になったのは19世紀後半にコーヒー農園が出来て以降のことである。
1900年頃に中国人がコーヒー農園で働きだして以降、タパチュラには中国人が多く居住する。その1900年に来た中国人の中でソコヌスコ地域の色々な町に引っ越した人も多いが、現在もアジアからの新移民がいる。現在の移民は農業ではなく商業で働く。街中の中華料理店の多さでアジア人が沢山いる事が分かる。サンフアン市場には中華料理や輸入品を販売している店が沢山ある。アベニダスルに中国社会会館(中国コミュニティハウス)がある。その中国社会会館が2012年に修復されて再開館した。タパチュラは2011年に中国の東営市と姉妹都市になった。
タパチュラの歴史地区にある大建築の建物はほとんど20世紀の最初の数十年の間に建てられたが、1960年代の大きなアール・デコ風民家も何軒かある。町の中心から離れると最近の町の発展で建てられた近代な建物だけである。タパチュラの歴史地区にミゲル・イダルゴ公園という並木の広場がある。この広場の真ん中にバロック風の鉄で作られたアートが付いているキオスクがある。このキオスクはムーアの影響で作られた。ミゲル・イダルゴ公園がタパチュラの中心で新旧宮殿、ペレズ・ポルタ、とマリンバコンサートの舞台となる野外劇場に囲まれている。
タパチュラの守護聖人のアウグスティヌスを尊敬するサン・アウグスティヌス教会は18世紀に建てられた。教会自体はシンプルな作りである。木の梁がスペイン風の赤いタイルの屋根を支えている。正面にイオン式円柱が立っている。上には鐘楼が2個ある。このデザインはテオピスカ教会に基づいている。このアウグスティヌス教会は1958年にタパチュラ司教区が出来てから司教座聖堂になったが、2009年にサン・ホセが司教聖堂になった。
地理

グアテマラ国境から15キロメートル西に位置する。隣接する市はモトジントラ、カカオアタン、トウシタラ・チコ、フロンテラ・イダルゴ、スチアテ、トウザンタン、ウエウエタン、マザタンである。市の南側には太平洋があり、太平洋から離れて山の方に行くと食文化が違ってくる。主なイベントは中国の旧正月、サン・ベニト祭、タパチュラ祭、サン・オーガスチン祭、ヘスース・デ・ラ・ブエナ・エスペランザ祭、サン・ミゲル祭。
タパチュラ市の面積は303km2。平均標高は170メートルでシエラ・マドレ・デ・チアパス・から西の海岸の平野までに広がっている。主な生態系は低成長の熱帯雨林、培地成長の熱帯雨林、とトキワガシ・松林である。この熱帯雨林と松林は乱伐の影響で植物や動物を大幅な損失されている。エル・カビルド・アマタン、エル・ガンチョ・ムリヨ、とタカナ山の一部が保護林になっている。
交通
568.85kmの道路がある。そのほとんどは地方にあって州立か国立である。もっとも重要の道路は沿岸に走る国道200号線である。
気候

気候は低い沿岸地域は熱帯、標高の高い地域は温帯である。標高によって異なるが、タカナ山の一部に寒冷地もある。降水量も高度によって異なる。タパチュラ市は1年中を通してに暑くて湿気が多い。
年間降水量は約3,900mmであり、世界有数の多雨地域である。この降水がシエラ・マドレ・デ・チアパスから太平洋の海岸にある平野にわたる河川に流れていく。主な河川はウエウエタン川、コアタン川、クイルコ川。川からの洪水と、非難できる道路が足りない事によっての自然震災のリスクがあるコミュニティが82個ある。その82の中の52個のコミュニティがコアタン川、テシュクユアパン川、カオアカン川に沿ってある。2005年のハリケーン・スタンで洪水の予防施設がほとんど破壊された。
経済
タパチュラはチアパス州の経済活動がもっとも多い所でソコヌスコ地域の経済的な中心でもあり、メキシコと中米の交差点でもある[3]。オアハカとチアパス地域とグアテマラを繋がる鉄道はハリケーン・スタンに大きな損害を受けた。
最初のタパチュラ国際見本市は1963年・プリメラ・グラン・エキスポスィション・アグリコラ、ガナデラ、コメルシアル・エ・インドゥストリアル・デル・ソコヌスコと言う名前で開催された。その時以来毎年行っている。参加者はタパチュラ、チアパス州、メキシコ全国、国外からも来ている。フェリアの目的はこの地域の商品と文化を促進する事である。
労働人口の18%は農業と畜産業で働いている。その中の23%は給料を貰っていない。労働人口の16.5%は鉱業と製造業で働いている。タパチュラ市は商品作物(特にコーヒーと熱帯果樹)の栽培と輸出を促進されている地域に入っている。その収穫循環とよくある景気の波によっての労働者移動のパターンも研究された。
タパチュラ市の労働人口の63%は商業とサービス業。これは州の平均よりもかなり上である。観光業もこの63%に含まれている。観光地の中心はミゲル・イダルゴ公園の近くにあって、他はタパチュラの市内にある。タパチュラのビーチなどに訪れに来る国外の訪問者は、ほとんどグアテマラから来ている。その他の訪問者は外国に行く人かその外国の国に戻る人である。グアテマラとの深い経済的な関係にもかかわらずほとんどのタパチュラの店はグアテマラのお金での支払は認められていない。タパチュラ市の周辺にある観光地はイザパ遺跡群、エル・トリウンフォ生物圏保護区、ラ・エンクルシハダ保護区、クイルコ川小滝、タカナ山などがある。
町以外、タパチュラ地区にある経済の中心はプエルト・チアパスと言う新しい主要な港である。2007年からクルーズ客船がプエルト・チアパスに来る。客船が来るようになったのは訪問者を増やすように地域や州が努力した結果である。特にコーヒー関係のサイトは人気である。こうした努力によってドイツや他の欧州の国からの訪問者が、自分の国の人が100年以上前に開業したコーヒー農園を見に来るようになった。この客船で来る訪問者はコーヒー農園以外にタパチュラ市と沿岸にあるマングローブ保護区にも見に来る。2011年にクルーズ客船45隻が港に来た。

