ダダーブ
ケニアの町
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概要


ダダーブの周辺には国際連合難民高等弁務官事務所(UNHCR)による難民キャンプが5つ設けられている。町から南東方面にハガデラ(Hagadera)およびカンビオス(Kambioos)、町の北方面にイフォ、イフォ2、およびダガハレ(Dagahaley)である。それぞれのキャンプと従来の町とはそれぞれ数キロメートル離して設置されている。1993年に、ハガデラ、イフォ、ダガハレが設けられ、当時の収容人数はそれぞれ4万3千、4万6千、4万5千である[4]。その後、難民の増加に伴ってイフォ2およびカンビオスが増設され、2011年までに現在の形になった。キャンプはUNHCRを中心とする国連機関と30以上ものNGOを中心に運営されている。町の経済も、難民に関するものが大きい。
難民には、ソマリ族の他、ソマリアに住んでいたバントゥー系民族などの少数民族もいる。移住元は激戦地区のジュバ川流域が多く、上流のゲド州の他、南部の都市キスマヨ、モガディシュ、バルデラなどが含まれる。少数ではあるが、ソマリア以外からの難民も暮らす。
キャンプの合計面積は50平方キロメートルほどであり、ダダーブの町から18キロメートル圏内にある[4]。ダダーブのキャンプは設置当時9万人を想定して作られたが、2009年時点で26万人[5]、2013年時点で45万人に達した[6]。ケニアが厳格な入国政策を実施したことで、新規の難民の流入は減少しました。キャンプ居住者は移動制限を受けており、施設からの退去にはケニア政府が発行する許可証が必要となります[2]。
ダダーブは町の名であると同時に、ラガデラ県の一地区名でもある。基本的には雨が少なく旱魃となることが多いが、2006年末の雨季には洪水により交通困難となっている[2]。
2015年4月2日、ケニア政府はガリッサ大学におけるアル・シャバブ襲撃事件を受けて、ダダーブの難民キャンプの3ヶ月以内の閉鎖を発表[7]したが、2016年、ケニア高等裁判所はキャンプ閉鎖は違憲と判断、この時点では閉鎖には至らなかった[8]。
2015年12月、ヨーロッパ連合は、ダダーブの難民キャンプからソマリアへの帰還を支援するため、新たに5000万ユーロの基金を設立すると発表[9]。
2021年、ケニア政府と国連難民高等弁務官事務所は、2022年6月にダダーブの難民キャンプを閉鎖すると発表。この時点で、各キャンプに居住する避難民の総計は約20万人を数えると見られた[10]。しかし閉鎖発表後も、干ばつが続くソマリアからの難民は後を絶たず、難民の数は増加した。2023年5月には国連難民高等弁務官事務所の森山毅シニア緊急対応調整官が現地視察を行っている。干ばつは同年11月の降雨で節目を迎えたが、激しい豪雨により難民キャンプのほとんどが水没する被害が生じた[11]。
交通
配給
ダダーブ難民キャンプの配給は国際連合世界食糧計画(WFP)の委託を受けた国際ケア機構(CARE)が行っている。配給は月に2回で、老女や妊婦、子供が優先される。配給される食糧は、小麦、トウモロコシ粉、豆、高タンパク質粉、油、塩などである。その他、コップや毛布、シート、水の容器、石鹸なども配給される。また、当初は焚き木は難民たちの自給だったが、キャンプ外へ取りに行く際、地元住民との摩擦や、強盗やレイプ被害が横行したことから、これも支給に切り替えられている[2]。難民の増加から、2011年時点では新たに到着した難民が食糧を受け取れるまでには平均で12日かかるようになっている[6]。
教育
衛生状況
関連項目
リボイ - ダダーブより東、ソマリア国境付近にあるケニアの町。ダダーブ難民キャンプの受け入れがこの町で行われる。
