ダリル・ウェイ
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| ダリル・ウェイ Darryl Way | |
|---|---|
| 出生名 | Richard Darryl Way |
| 生誕 | 1948年12月17日(77歳) |
| 出身地 |
|
| ジャンル | プログレッシブ・ロック、クラシック音楽 |
| 職業 | ヴァイオリニスト、作曲家 |
| 担当楽器 | ヴァイオリン、キーボード |
| 活動期間 | 1969年 - |
| レーベル | チェリーレッド・レコード |
| 共同作業者 |
カーヴド・エア ダリル・ウェイズ・ウルフ Verisma |
| 公式サイト |
www |
ダリル・ウェイ(Darryl Way、1948年12月17日 - )は、イギリスのヴァイオリニスト。プログレッシブ・ロック・バンド、カーヴド・エアのオリジナル・メンバーとして知られる。
王立音楽大学でヴァイオリンを学ぶ。フランシス・モンクマン等とシシファスを結成し、その後カーヴド・エアと改名して1970年にアルバム『エア・コンディショニング』でデビュー。同作には、インストゥルメンタル・ナンバー「ヴィヴァルディ」収録。
1972年にカーヴド・エアを脱退。その後、ジョン・エサリッジ(ギター)、デク・メセカー(ベース)、イアン・モズレイ(ドラムス)と共にダリル・ウェイズ・ウルフを結成。同バンドは、イアン・マクドナルドがプロデュースを担当した『カニス・ループス』(1973年)でデビュー。3作目『群狼の夜の歌』(1974年)ではジョン・ハドキンソン(ボーカル、元イフ)が加入するが、同作を最後にウルフは解散。ジョン・エサリッジはソフト・マシーンに、デク・メセカーはキャラヴァンに加入。イアン・モズレイは、1980年代以降マリリオンで活動。
1974年、カーヴド・エアに復帰。また、オランダのプログレッシブ・ロック・バンド、トレースのアルバム『鳥人王国』(1975年)に、イアン・モズレイと共に参加[1]。1976年にカーヴド・エアを再び脱退し、1978年にソロ・アルバム『コンチェルト・フォー・エレクトリック・ヴァイオリン』発表。同作にはフランシス・モンクマンも参加し、フランシスはその後も、ダリルのクラシック・プロジェクトであるエレクトラ・アンサンブル等に関わる。ダリルはセッション・プレイヤーとしても幅広く活動し、ゴング、マリアンヌ・フェイスフル、ジェスロ・タル等の作品に参加。1980年には、カーヴド・エア時代の盟友ソーニャ・クリスティーナのソロ・デビュー作『ソーニャ・クリスティーナ』の制作にも協力。
1990年、再結成カーヴド・エアのライブ活動に参加。1996年、初のオペラ作品『The Master and Margarita』(ミハイル・ブルガーコフの小説『巨匠とマルガリータ』が原作)を制作し、ロンドンのPalace Theaterで初演[2]。2000年代には、Verismaというクラシカル・クロスオーバーのユニットでも活動。2008年にはカーヴド・エアを再々結成させる。