ジェスロ・タル
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1960年代
1967年、ブルース・バンド「ジョン・エヴァン・スマッシュ」[注釈 1][7]の元メンバーだったイアン・アンダーソンとグレン・コーニックを中心に結成[8]。メンバーはアンダーソン(Vo/Flu)、ミック・エイブラハムズ(G/Vo)、コーニック(B)、クライヴ・バンカー(Ds)の4人。翌1968年にアルバム『日曜日の印象』でデビュー。同アルバムは全英10位にチャートインし、彼等は同年の『メロディ・メイカー』誌の人気投票でビートルズに次ぐ第2位を獲得し注目される。
結成当時はアンダーソンに並んでエイブラハムズの影響力も大きく、『日曜日の印象』はブルース・ロック色が濃い作品だった。だがその範疇に収まらないジャズやブリティッシュ・トラッドといった別種の泥臭いフィーリングを含んだ曲もあり、他のブルース・ロック・バンドとは一線を画するものであった。
『日曜日の印象』リリース直後にエイブラハムズが脱退。ローリング・ストーンズが製作したTVショー『ロックンロール・サーカス』への出演が決まっていたためアース[注釈 2]のギタリストだったトニー・アイオミを引き抜き、同年12月の撮影を乗り切る[9]。アイオミはこの仕事のみで脱退してアースに復帰することとなり[9]、最終的にはゲッセマネというバンドのギタリストであったマーティン・バー[注釈 3][10]を加入させ、セカンド・アルバム『スタンド・アップ』(1969年)をリリースする。音楽性をブルース以外にも大きく拡大させた同アルバムは全英第1位となる。中でもバッハの楽曲をジャジーかつアーシーにアレンジしたインストゥルメンタル「ブーレ」は注目を集めた。
1970年代

続くアルバム『ベネフィット』(1970年)はアメリカでも11位とヒットを記録し[11]、さらに脚光を浴びた。この時期、同じクリサリス・レコードに所属するバンドだったトラフィック、テン・イヤーズ・アフター、プロコル・ハルムなどと共にブリティッシュ・ロックの世界的な位置づけを確定させた。
その後コーニックが脱退しジェフリー・ハモンド[注釈 4]が加入。またキーボード奏者のジョン・エヴァン[注釈 4]が加入して5人編成となる。彼等は文学的な気品とリリシズムを毒々しいユーモアと盤石のテクニックで演出したプログレッシブ・ロックで人気を拡大していった。この方向性は『アクアラング』(1971年)から顕著となる。同アルバムは英米両国のアルバム・チャートでトップ10入りを果たし、アメリカ・ツアーも大成功を収めた[12]。
バンカーの脱退とバリモア・バーロウ[注釈 4]の加入を経て、アルバム全体が一曲という大胆な大作『ジェラルドの汚れなき世界』(1972年)、『パッション・プレイ』(1973年)で全米1位を獲得する[11]。1972年と1974年にはアンダーソン、バー、エヴァン、ハモンド、バーロウの編成で日本公演を行なった。技術や創造力を必要とする性質上、グループの結束力は強かったが結成10年頃よりメンバーの入れ替わりが多くなった。
1979年、アルバム『ストームウォッチ〜北海油田の謎』発表後のツアーにフェアポート・コンヴェンションのデイヴ・ペグが参加。彼は1990年代中期までジェスロ・タルの正式メンバーとなる。
1980年代以降 - 活動停止

1980年、アンダーソンはエディ・ジョブソンらと共に初のソロ・アルバムを制作しようとするが、最終的にはジェスロ・タル名義のアルバム『A』としてリリースされた。
アルバム『クレスト・オブ・ア・ネイヴ』(1987年)は1989年の第31回グラミー賞で新設されたベストHR/HM部門にノミネートされ、数あるHR/HMバンドがある中、有力候補であったメタリカ『メタル・ジャスティス (...And Justice For All)』を差し置いて受賞。物議を醸した。アンダーソンは「アルバムは上出来だったが、これがHR/HMだとは自分も思わない」と、受賞が意図不明だった説明をしている[13]。
2003年、クリスマス・アルバム『The Jethro Tull Christmas Album』をリリース。これ以降、新たなスタジオ・アルバムの発表が途絶え、ライブを中心に活動。
2011年、事実上の活動停止。2014年にアンダーソンは無期限停止を公表した。
活動再開
2017年9月、アンダーソンは、デビュー・アルバム『日曜日の印象』の50周年を記念して、2018年に新しいスタジオ・アルバムをレコーディングするためのツアー計画を発表し再始動。ラインナップは2012年以来、アンダーソンのソロ・バンドのメンバーであったミュージシャンを含んでいる。同年3月1日から予定通り、ワールド・ツアーを開始する。
スタイル
補足
- 「ジェスロ・タル」というバンド名は、18世紀イギリスの農学者の実名に由来している。当時彼らはロンドンの複数のクラブに出演していたが、必ず1回で仕事を打ち切られて継続的に出演の予約を取るのが難しかったため、次々に名前を変えて別のバンドのふりをすることで食いつないでいたという。バンド名はエージェントの思いつきで決められていたが、あるとき歴史マニアのエージェントが農学者の名前にちなんで「ジェスロ・タル」と命名した。たまたまこのバンド名で出演していた時に、クラブの支配人に気に入られて継続出演が決まったため、それ以降も同名で通すようになり定着した。
- アンダーソンは当初ギタリストでありながら、プロデューサーの意向でエイブラハムズをギターヒーローに祭り上げるためにギターを取り上げられた。何とかエイブラハムズからスポットライトを奪おうと、ギター以外の楽器を持つことを思い立つ。そこでヴァイオリンを購入するつもりで楽器屋に行ったのだがフルートが目に付き、店員に「ヴァイオリンとフルート、どっちが簡単かな?」と聞いたところ「フルートかなぁ」という答えが返ってきたので急遽フルートを購入した。
- 2005年までに4回の来日を果たしている。日本では欧米に比べ一般的な知名度こそ低いものの、熱烈なファンも少なくない。2013年のアンダーソンのソロ公演では、アルバム『ジェラルドの汚れなき世界』の完全再現ライブが披露された[15]。
メンバー
※2025年1月時点
現ラインナップ
- イアン・アンダーソン (Ian Anderson) - ボーカル/フルート/他 (1967年- )
- ジャック・クラーク (Jack Clark) - ギター (2024年- )
- ジョン・オハラ (John O'Hara) - キーボード (2007年-2011年, 2017年- )
- デイヴィッド・グーディア (David Goodier) - ベース (2007年-2011年, 2017年- )
- スコット・ハモンド (Scott Hammond) - ドラムス (2017年- )
- イアン・アンダーソン(Vo/flu) 2017年
- ジョン・オハラ(Key) 2018年
- デイヴィッド・グーディア(B) 2010年
- スコット・ハモンド(Ds) 2018年
旧メンバー
- ミック・エイブラハムズ (Mick Abrahams) - ギター、ボーカル (1967年-1968年)
- グレン・コーニック (Glenn Cornick) - ベース (1967年-1970年) ※2014年死去
- クライヴ・バンカー (Clive Bunker) - ドラムス (1967年-1971年)
- トニー・アイオミ (Tony Iommi) - ギター (1968年)
- マーティン・バー (Martin Barre) - ギター (1969年-2011年)
- ジョン・エヴァン (John Evan) - キーボード (1970年-1980年)
- ジェフリー・ハモンド (Jeffrey Hammond) - ベース (1971年-1975年)
- バリモア・バーロウ (Barriemore Barlow) - ドラムス (1971年-1980年)
- ジョン・グラスコック (John Glascock) - ベース、ボーカル (1975年-1979年) ※1979年死去
- デヴィッド・パーマー (Dee Palmer) - キーボード (1977年-1980年)
- デイヴ・ペグ (Dave Pegg) - ベース、ボーカル (1979年-1995年)
- マーク・クレイニー (Mark Craney) - ドラムス (1980年-1981年) ※2005年死去
- ピーター=ジョン・ヴェテッシ (Peter-John Vettese) - キーボード (1982年-1986年, 1989年)
- ジェリー・コンウェイ (Gerry Conway) - ドラムス (1982年, 1987年-1988年)
- ドーン・ペリー (Doane Perry) - ドラムス (1984年-2011年)
- マーティン・アルコック (Maartin Allcock) - キーボード、ギター (1988年-1991年)
- アンドリュー・ギディングス (Andrew Giddings) - キーボード、ベース (1991年-2007年)
- ジョナサン・ノイス (Jonathan Noyce) - ベース (1995年-2007年)
- フローリアン・オパーレ (Florian Opahle) - ギター (2017年-2019年)
- ジョー・パリッシュ (Joe Parrish) - ギター (2020年-2024年)
ディスコグラフィ
- スタジオ・アルバム
- 『日曜日の印象』 - This Was (1968年)
- 『スタンド・アップ』 - Stand Up (1969年)
- 『ベネフィット』 - Benefit (1970年)
- 『アクアラング』 - Aqualung (1971年)
- 『ジェラルドの汚れなき世界』 - Thick as a Brick (1972年)
- 『パッション・プレイ』 - A Passion Play (1973年)
- 『ウォーチャイルド』 - War Child (1974年)
- 『天井桟敷の吟遊詩人』 - Minstrel in the Gallery (1975年)
- 『ロックンロールにゃ老だけど死ぬにはチョイと若すぎる』 - Too Old to Rock 'n' Roll: Too Young to Die! (1976年)
- 『神秘の森〜ピブロック組曲』 - Songs from the Wood (1977年)
- 『逞しい馬』 - Heavy Horses (1978年)
- 『ストームウォッチ〜北海油田の謎』 - Stormwatch (1979年)
- 『A』 - A (1980年)
- 『ザ・ブロードスウォード・アンド・ザ・ビースト』 - The Broadsword and the Beast (1982年)
- 『アンダー・ラップス』 - Under Wraps (1984年)
- 『クレスト・オブ・ア・ネイヴ』 - Crest of a Knave (1987年)
- 『ロック・アイランド』 - Rock Island (1989年)
- 『キャットフィッシュ・ライジング』 - Catfish Rising (1991年)
- 『ルーツ・トゥ・ブランチズ』 - Roots to Branches (1995年)
- J-Tull Dot Com (1999年)
- 『ザ・ジェスロ・タル・クリスマス・アルバム』 - The Jethro Tull Christmas Album (2003年)
- 『ザ・ゼロット・ジーン』 - The Zealot Gene (2022年)
- 『ロックフルーテ』 - RökFlöte (2023年)
- 『キュリアス・ルミナント』 - Curious Ruminant (2025年)
