その後メリドールは、実父が仕えたメナヘム・ベギン首相の下で内閣の事務局長を務め、ベギンがレバノン戦争で失脚すると、その後を継いだイツハーク・シャミールにも同じように従った。1984年に退任し、同年実施の総選挙でリクードから出馬・当選を果たし、同党内では穏健派に属した。シャミール政権下で法相、96年発足のネタニヤフ政権下では財務相に就任するものの、同党内の対アラブ・パレスチナ強硬派を代表するネタニヤフとは政策的にたびたび対立し、翌・97年、財務相を辞任。その後、リクードを離党し、同じようにネタニヤフと対立し同党を離党したイツハーク・モルデハイと新党・中道党を99年に結成するものの、党勢は伸び悩み、党首のモルデハイ自身も強制わいせつ事件で政界を追われ、同党は実質的に消滅する。メリドール自身も、2003年の総選挙には出馬を見合わせ政界からも一時身を引くことになる。