チッタドゥカーレ

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チッタドゥカーレ
Cittaducale
チッタドゥカーレの風景
行政
イタリアの旗 イタリア
ラツィオ州の旗 ラツィオ
県/大都市 リエーティ
CAP(郵便番号) 02015
市外局番 0746
ISTATコード 057016
識別コード C746
分離集落 #分離集落参照
隣接コムーネ #隣接コムーネ参照
公式サイト リンク
人口
人口 6411 人 (2024-01-01 [1])
人口密度 90.4 人/km2
文化
住民の呼称 civitesi
守護聖人 San Magno
祝祭日 8月19日
地理
座標 北緯42度23分 東経12度57分 / 北緯42.383度 東経12.950度 / 42.383; 12.950座標: 北緯42度23分 東経12度57分 / 北緯42.383度 東経12.950度 / 42.383; 12.950
標高 481 (393 - 1603) [2] m
面積 70.95 [3] km2
チッタドゥカーレの位置(イタリア内)
チッタドゥカーレ
チッタドゥカーレの位置
リエーティ県におけるコムーネの領域
リエーティ県におけるコムーネの領域
イタリアの旗 ポータル イタリア
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チッタドゥカーレ: Cittaducale)は、イタリア共和国ラツィオ州リエーティ県にある、人口約6,400人の基礎自治体コムーネ)。

リエーティファーラ・イン・サビーナに次いで県内第3位のコムーネ人口を有する。リエーティの東約8kmほどの距離にある小都市だが、20世紀初頭までは別の県に属する郡の中心地であった。

位置・広がり

リエーティ県東部のコムーネ。県都リエーティから東南東へ8km、ラクイラから西へ37kmの距離にある[4]

隣接コムーネ

隣接するコムーネは以下の通り。

気候分類・地震分類

チッタドゥカーレにおけるイタリアの気候分類 (it) および度日は、zona E, 2240 GGである[5]。 また、イタリアの地震リスク階級 (it) では、zona 2A (sismicità media) に分類される[6]

歴史

1860年のイタリア統一時、アクイラ・デッリ・アブルッツォ県(現在のアクイラ県)に組み込まれ、チッタドゥカーレ郡 (it:Circondario di Cittaducale) の郡庁が置かれた。チッタドゥカーレ郡は、現在のリエーティ県の東部地域にあたる。1927年、チッタドゥカーレ郡とリエーティ郡が合併し、リエーティ県が設立された。

現在の県境とチッタドゥカーレ郡の範囲

社会

カトリック教会

1502年1月24日、教皇アレクサンデル6世は、リエーティ司教区から分割してチッタドゥカーレ司教区 (it:Diocesi di Cittaducale) を置いた。しかし、リエティ司教区を管理していた枢機卿ジョヴァンニ・コロンナ (it:Giovanni Colonna (cardinale XV secolo)) が異議を提起し、教皇ユリウス2世は1505年11月8日に司教区を廃止した。しかし、ジョヴァンニ・コロンナ枢機卿の死後、リエーティの司教からの要請を受けて、ユリウス2世は1508年10月16日に司教区を回復した。

1798年にパスクアーレ・マティーニ (Pasquale Martini) 司教が没するまで、司教はチッタドゥカーレに住んで司教区をつかさどったが、その後はリエーティの司教に委託された。1818年6月27日、ピウス7世はラクイラ大司教区に統合。1976年、ふたたびリエーティ司教区の一部となった。「チッタドゥカーレ司教」は、名義司教の称号として残されている。

行政

分離集落

チッタドゥカーレには、以下の分離集落(フラツィオーネ)がある。

  • Calcariola, Caporio, Cesoni, Grotti, Micciani, Pendenza, Santa Rufina, Villa Grotti

人口動態

脚注

外部リンク

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