チャパラ湖
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河川
気候
周辺
経済と環境
先コロンブス期には土着の半農半漁の民族集団が湖畔に複数存在したが、17世紀末からスペイン人による本格的な入植が始まった。19世紀末にイギリス人による別荘開発を契機に観光地として開発され、一大ブームとなった。1920年には鉄道も敷かれ、グアダラハラやメキシコシティとも繋がった。当時のメキシコ大統領ポルフィリオ・ディアスも同地で長期休暇を過ごすなど上流階級の社交場ともなり、イギリスの作家デーヴィッド・ハーバート・ローレンスのメキシコを舞台にした小説『翼ある蛇』(The Plumed Serpent)も同地で執筆された[1][8]。
1906年には東岸のオコトラン、ラバルカ、ラパルマにかかる一帯が干拓され、5万ヘクタールの農地となった(うち4.5万ヘクタールがミチョアカン州)[1][4]。
チャパラ湖の湖水域は増減を繰り返しながら総体的には縮小傾向にあり、1970年代に1,740 km2あったが、1980年代には1,048 km2、2001年には812 km2となった。これはレルマ川流域の農地開発が進み、河畔の農地での水使用量増加に伴う流入水量の減少や、同湖を水源とするグアダラハラ都市圏の急激な人口増加が原因と考えられる。実際にチャパラ湖の湖水はグアダラハラへポンプ送水され、産業用水の6割を担っているとされる。気候の変動も加わって年間の蒸発量(1,910 mm)が降水量(893 mm)の2倍を超えている状況にある。レルマ川からは沿岸の工場排水、生活排水、畜産汚水、重金属なども流れ込むため、湖水の減少も相まって水質の悪化、富栄養化が深刻化しており、この影響か藻類の異常繁殖や外来種の増加も見られる。先コロンブス期から白魚が湖の名物として知られていたが、漁獲量は1980年代の600 tから近年では100 t未満に減少した[1][14]。
こういった状態を改善するため、規制の強化、汚染源の削減、生産システムの改善、ガバナンス強化の促進に向けて取り組んでいる組織や関係諸機関が増えている。2007年にチャパラ湖でメキシコ国内では初めて統合的湖沼流域管理(ILBM)プラットフォームが取り入れられた[6]。
自然
湖内には2つの小規模な島がある。このうち大きい方のメスカラ島はかつてメキシコ独立戦争の激戦地で、現在でも当時の遺構が残されている[15]。小さい方のアラクラネス島は、西シエラ・マドレ山脈に住む先住民族のウイチョル族から、先祖が生まれ出た島として神聖視されている[1]。
湖畔には泥火山や間欠泉がある。チャパラの町には温泉が湧出し、観光資源のひとつになっている[5][9]。
冬期にはペリカンの飛来地として有名で、湖を覆いつくすような鳥の群れが観光の目玉になっている[16]。また、アメリカサンカノゴイ、コオニクイナなどの鳥類およびオナシハナナガコウモリ、クビワペッカリー、ピューマなどの哺乳類も見られる[17]。
魚類の種類も豊富で、9つのグーデア科(Goodeidae)の固有亜科が見られるほか、独自の進化を遂げたトウゴロウイワシ科(Atherinidae。Menidia contrerasi、Menidia sphyraena、Menidia promelasなどを含む[17])や、湖固有のアメリカナマズ科(Ictaluridae。Ictalurus dugesiiなどを含む[17])、ハマギギ科のイトヒキハマギギ属(Bagre)、コイ科、ヤツメウナギなどの魚が生息している。シャジクモ目(Charales)に属する希少な藻類も確認できる[18]。
またザラアシドロガメの亜種・チャパラドロガメ(Kinosternon hirtipes chapalaense)[19]、メキシコガーターヘビの亜種Thamnophis eques obscurus[20]など、大部分がチャパラ湖にしか生息しない爬虫類も存在する。
語源
チャパラの名称は先住民の言葉に由来するが、意味は「水浸しの場所」「水の上のバッタ」「小さな鍋」など諸説ある[8]。



