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チャンギ (シンガポール)

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チャンギ(Changi、中国語:樟宜〔Zhāngyí〕、マレー語:Changi、タミル語:சாங்கி)は、シンガポール本島の東端、東部地域に位置する都市計画上の計画地域(planning area)である[2]。

概要 チャンギ Changi, 国 ...
チャンギ

Changi
チャンギ・ビーチ
チャンギ・ビーチ
シンガポールにおけるチャンギ計画地域の位置
シンガポールにおけるチャンギ計画地域の位置
国 シンガポール
地域 東部地域
人口
(2025年)[1]
 • 合計 1,960人
等時帯 UTC+8 (シンガポール標準時)
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シンガポール統計局の地域区分では、チャンギ・エアポート(Changi Airport)、チャンギ・ポイント(Changi Point)、チャンギ・ウェスト(Changi West)の3つのサブゾーンから構成される[1]。2025年の居住人口は1,960人である[1]。区域にはシンガポール・チャンギ国際空港、チャンギ空軍基地、チャンギ刑務所などがあり、シンガポールの航空交通・国防・矯正行政上重要な地域となっている。

一方、一般に「チャンギ」と呼ばれる地域や、シンガポール都市再開発庁(URA)が長期的な都市開発において「Changi Region」と呼ぶ広域的な範囲は、計画地域としてのチャンギの境界と必ずしも一致しない[3]。

名称

1604年のマヌエル・ゴディーニョ・デ・エレディアによるシンガポールの地図。現在のチャンギ付近に「Tanjong Rusa」の名が記されている。

現在のチャンギ一帯は、1604年にポルトガル人地図製作者マヌエル・ゴディーニョ・デ・エレディアが作成した地図では、マレー語で「鹿の岬」を意味するTanjong Rusa(タンジョン・ルサ)の名で記されていた[4]。

「Changi」の地名は19世紀初頭には用いられており、1828年に作成されたフランクリン=ジャクソン地図ではシンガポール島東端がTanjong Changiと記されている[4]。1820年代から1830年代にかけて行われた測量では、測量に携わったフランクリン船長にちなみ、この一帯がFranklin Pointと呼ばれたこともあった[4]。

「Changi」の語源については複数の説がある。植物学者ヘンリー・ニコラス・リドリーは、かつてこの地域に生育していた「chengal」または「chengai」と呼ばれる高木 Neobalanocarpus heimii に由来すると推測した。このほか、つる性植物の「changi ular」(Hopea sangal)や、「chengal asir」(Thottea piperiformis)に由来するとする説もあり、語源は確定していない[4]。

地理

チャンギはシンガポール本島の最東端部に位置する。都市再開発庁の計画地域としては、西側のパシール・リスやタンピネス方面に接し、北側はジョホール海峡方面、東から南東側は海岸および大規模な空港関連埋立地となっている[2]。

現在の海岸線の一部、とりわけチャンギ国際空港周辺は20世紀後半以降の大規模な埋め立てによって形成された。1970年代に開始された新空港建設では、旧チャンギ空軍基地周辺の土地に加えて海面が大規模に埋め立てられ、空港用地が造成された[5]。

計画地域は次の3サブゾーンに区分される[1]。

  • チャンギ・エアポート(Changi Airport) - シンガポール・チャンギ国際空港を中心とする区域。
  • チャンギ・ポイント(Changi Point) - 北部の海岸、チャンギ・ヴィレッジやチャンギ・ポイント・フェリー・ターミナル周辺。
  • チャンギ・ウェスト(Changi West) - 空港西側、チャンギ空軍基地などを含む区域。

歴史

植民地期

19世紀のチャンギには森林や湿地、ココヤシの農園、複数のカンポン(村落)が点在していた[4]。海岸沿いは市街中心部から離れた静かな土地であり、1840年代にはすでに保養地として利用され、政府関係者や富裕層のバンガローが建てられるようになった[4][6]。

1920年代後半になると、イギリス植民地政府はシンガポール防衛強化の一環としてチャンギを大規模な軍事拠点として整備した。兵舎、軍人用住宅、海岸防衛施設などが建設され、後のチャンギ空軍基地につながる軍用施設群が形成された[7][6]。

現在のチャンギ・ポイント周辺には、当時の軍人用バンガローや旧兵舎などが残っており、この時代の軍事都市としての歴史を伝えている[7]。

第二次世界大戦と日本占領期

チャンギ刑務所

第二次世界大戦中の1942年2月、シンガポールの戦いでイギリス軍が日本軍に降伏すると、チャンギに存在した兵舎やチャンギ刑務所などは、連合軍捕虜や民間人の収容に使用された[8]。このため「チャンギ」は、戦後、東南アジアにおける日本軍の捕虜収容を象徴する地名の一つとなった。

旧チャンギ刑務所はイギリス植民地政府によって1936年に完成した施設であり、日本占領期には捕虜や民間人の収容にも利用された[8][9]。

また、日本占領初期に行われたシンガポール華僑粛清事件では、チャンギの海岸も華人住民の処刑地の一つとなった[10]。現在のチャンギ・ビーチ・パークには、1942年にこの地で起きた虐殺を伝える記念標識が設けられている[11]。

戦後

日本の降伏後、チャンギの軍事施設は再びイギリス軍によって使用された。一方、チャンギの海岸やバンガローは1950年代から1970年代にかけてシンガポール住民の保養地として親しまれ、海水浴、釣り、ヨットなどのレクリエーション地域として発展した[4][6]。

1965年のシンガポール独立後も軍事利用は続いたが、1970年代初頭のイギリス軍撤退と、その後のチャンギ国際空港建設によって地域の土地利用は大きく変化した。

チャンギ国際空港の建設

シンガポール政府は、既存のパヤレバー空港に代わる新しい国際空港をチャンギに建設する方針を1975年に決定した[5]。建設に伴い、旧空軍基地周辺の整備、大規模な土地収用や建物撤去、海岸部の埋め立てなどが行われ、かつて存在した複数のカンポンも姿を消した[5][6]。

新空港は1981年7月1日に運用を開始し、同年12月29日に正式に開港した[5]。その後、複数の旅客ターミナルや航空貨物施設が整備され、チャンギはシンガポールを代表する国際航空拠点へと変貌した。

21世紀

旧チャンギ刑務所の主要施設は新しいチャンギ刑務所複合施設への建て替えに伴って撤去され、新施設は2004年と2010年に段階的に供用された[8]。旧刑務所の入口門、外壁の一部、監視塔は歴史的価値が認められ、2016年2月15日にシンガポールのナショナル・モニュメントに指定された[9]。

また、シンガポール国家遺産局(NHB)は、チャンギに残る軍事、戦争、海浜保養地、地域社会などの歴史を紹介するチャンギ・ヘリテージ・トレイル(Changi Heritage Trail)を整備している。トレイルには「Bungalows and Beaches」「War and Peace」「Gateways and Communities」の3つのテーマ別ルートが設けられている[6]。

地域と主な施設

航空

シンガポール・チャンギ国際空港はチャンギの広大な面積を占め、シンガポールにおける主要な国際空港である。旅客輸送だけでなく、航空貨物、航空機整備、物流などの関連産業が集積している。

空港の北西から西側にはシンガポール空軍のチャンギ空軍基地がある。チャンギ一帯は、民間航空と軍用航空の双方にとって重要な拠点となっている。

URAがより広域的に設定する「Changi Region」では、空港周辺のChangi Aviation Parkを航空物流や航空機の整備・修理・オーバーホール(MRO)産業の集積地として位置付けており、Changi Airfreight CentreやAirport Logistics Park of Singapore(ALPS)を含む航空貨物・物流機能の拡充が長期的に進められている[3]。

チャンギ・ポイントとチャンギ・ヴィレッジ

チャンギ・ポイント・フェリー・ターミナル

北部のチャンギ・ポイントは、チャンギの中でも古くから海浜保養地として発展した地域である。チャンギ・ヴィレッジを中心に、海岸、公園、飲食店、ヨットクラブ、旧軍人用バンガローなどが集まっている[7]。

チャンギ・ポイントには全長2.2キロメートルのチャンギ・ボードウォーク(Changi Boardwalk)が海岸に沿って整備されている。遊歩道はCreek Walk、Beach Walk、Sailing Point Walk、Cliff Walk、Kelong Walk、Sunset Walkの6区間から構成される[12]。

チャンギ・ビーチ・パーク(Changi Beach Park)は、面積28ヘクタールの海浜公園で、シンガポールでも最も古い海浜公園の一つとされる[11]。海岸からはウビン島を望むことができる。

矯正施設・戦争遺産

チャンギ刑務所は現在もシンガポールの主要な矯正施設として使用されている[8]。旧刑務所に由来する入口門、外壁、監視塔の一部が保存されているほか、日本占領期にチャンギへ収容された捕虜や民間人の歴史を伝えるチャンギ・チャペル・アンド・ミュージアム(Changi Chapel and Museum)がチャンギ地区に設けられている。

交通

航空

シンガポール・チャンギ国際空港からアジア、ヨーロッパ、北米、オセアニア、中東など各地への国際航空路線が発着する。シンガポールの国際航空交通の中心となっている。

鉄道

MRTの東西線が空港へ乗り入れており、チャンギ・エアポート駅が旅客ターミナルに接続している。タナ・メラ駅からエキスポ駅を経てチャンギ・エアポート駅へ至る空港支線は2002年2月に全通した[13]。

将来は、建設中のターミナル5にトムソン・イーストコースト線(TEL)とクロスアイランド線(CRL)が乗り入れる計画で、新設されるターミナル5駅は両線の乗換駅となる予定である。また、現在の東西線タナ・メラ-エキスポ-チャンギ・エアポート間は、将来的にトムソン・イーストコースト線へ編入される計画となっている[14]。

バス・道路

チャンギ国際空港、チャンギ・ヴィレッジなどにはシンガポール各地から公共バスが運行されている。空港地区はイースト・コースト・パークウェイなどの幹線道路を通じてシンガポール中心部と結ばれている。

海上交通

チャンギ・ポイント・フェリー・ターミナル(Changi Point Ferry Terminal)は、チャンギ・ヴィレッジ北端の旅客船ターミナルである。2005年1月5日に供用を開始し、それまでチャンギ・イミグレーション桟橋とチャンギ・クリーク桟橋から運航されていた船舶が移転した[15]。

同ターミナルからはウビン島へ向かうバムボートが運航されており、同島への主要な玄関口となっている[16]。

開発計画

チャンギ空港ターミナル5

シンガポール・チャンギ国際空港の大規模拡張計画「Changi East」の中核として、ターミナル5(Terminal 5、T5)の建設が進められている。ターミナル5の起工式は2025年5月14日に行われた[17]。

ターミナル5は約1,080ヘクタールに及ぶChangi East開発地区に設けられ、第1期だけで年間約5,000万人の旅客を処理できる規模となる計画である。開業は2030年代半ばを予定している[18]。

チャンギ・ポイント

URAはチャンギ・ポイントを歴史・自然・レクリエーションを生かした海浜地区として再整備する計画を進めている。既存の歴史的建造物の活用や公共空間の改善に加え、チャンギ・ポイント・ウォーターフロント・パークとチャンギ・ビーチ・パークをスンゲイ・チャンギ(Sungei Changi)越しに結ぶ新しい歩道橋を2028年までに整備する計画が示されている[19]。

また、クロスアイランド線の整備により、チャンギ北部やロヤン、航空関連地区への公共交通アクセスも強化される計画である[14]。

関連項目

脚注

外部リンク

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