チャールズ・ウィルキンズ
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ウィルキンズはサマセットのフルームで生まれた。1770年にイギリス東インド会社の書記官(writer)としてインドに赴任し、ベンガル地方にあるマールダーの商館の監督をつとめた[1]。1778年に東洋諸言語のための活版印刷機を作った[1]。これはベンガル文字用の最初に成功した活版印刷機だった[2]。
ウィルキンズは1784年のウィリアム・ジョーンズによるベンガル・アジア協会の創立を助けた。
健康を害して1786年に帰国したが、その後もサンスクリットの研究を続け、またナーガリー文字の活字を製作した。1800年に東インド会社の図書館の司書の職につき、1805年に東インド会社カレッジが設立されると試験官および視学官(visitor)の職についた。
1788年に王立協会のフェロー(FRS)に選ばれ、1805年にオックスフォード大学の民法博士(DCL)の栄誉が与えられた。1833年に東洋学への貢献を評価されてナイトに叙爵された。1836年にロンドンで没した。