チョットマッテ From Wikipedia, the free encyclopedia チョットマッテ号(Chotto Matte)は、第二次世界大戦時のアメリカ陸軍航空軍第98爆撃群第344爆撃隊に所属したB-29爆撃機(B-29-55-MO、機体番号:44-86400[1])の機名。短縮して「チョット」とも呼ばれていた[2]。 機長はウォルター・リーチ大尉。ノーズアートは横倒しになったJの文字の上で中指を立てる裸の女性。 機名は何度か変更されている。チョットマッテの他にはザ・ビッグ・ガス・バード。こちらのノーズアートは臀部が強調された鳥が爆弾を投下している姿。もう1つはハーツ・デザイアで、ノーズアートは胸をはだけた女性の座図。機名の変遷がどの順番であったかは分からない[3] 第二次世界大戦を生き延び、朝鮮戦争にも参戦した。テニアン島に展開していた当時の写真が残されている。 朝鮮戦争さなかの1952年3月31日、横田基地から出撃したところ、離陸4分後に基地から6マイル北西の大門村(現在の青梅市大門[要出典])付近の丘に激突、大破炎上し、搭乗員11名中9名が死亡した。回収できた遺体は2名だけという大事故で、機体は修復不能と判定され、そのまま処分されたと言うが、事故の記録など、正確で詳細な情報は残っていない[4]。 搭乗員 機長:ウォルター・リーチ大尉 副操縦士:リチャード・ギル中尉 航法士官:ノーマン・シューラー中尉 レーダー手:スタンレー・コロプサック中尉 爆撃手:ポマス・ファサール大尉 フライトエンジニア:トーマス・ラムスデン軍曹 通信手:F・ハドソン一等兵 銃手:チャールズ・ナンス一等兵 銃手(左):ハワード・リーブ軍曹 銃手(右):エベレット・ドハティ軍曹 銃手(上部):レイ・シャーマン軍曹 事故時搭乗員 Ardoin, Cpl. Sherley B. - 死亡 遺体回収 Cline, Cpl. Norman F. - 負傷 Evert, 1Lt. William Frank - 死亡 遺体回収 Fitzwater, TSgt. Charles R. - 死亡 Lemons, 1Lt. Earl H. - 死亡 Marchand, SSgt. Wayne L. - 死亡 Rackley, Cpl. Carroll L. - 死亡 Richards, 2Lt. Harold G. - 死亡 Robie, 1Lt. Norbert Leo - 死亡 Sample, Sgt. James H. - 負傷 Stevens, 1Lt. John G. - 死亡 [5] 脚注 ↑ 牧英雄「開発と各型」『ボーイングB-29』 No.52(1995-5版第3刷)、文林堂〈世界の傑作機〉、2002年2月5日、22頁。 ↑ Mann, Robert A. (2009). The B-29 Superfortress chronology, 1934-1960. McFarland. p. 253. ISBN 978-0-7864-4274-4 ↑ “B-29s That Flew in the Korean War”. 2011年6月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。2015年8月19日閲覧。 ↑ http://www.koreanwar-educator.org/topics/b29s/p_b29s_losses_damage.htm ↑ http://www.koreanwar-educator.org/topics/b29s/p_b29s_losses_personnel.htm 表話編歴B-29ボーイング社製 機種 B-29 KB-29 XB-39 XB-44 B-50 KB-50 B-54 C-97 KC-97 ボーイング377 特定の機体 XB-29-BO シルバープレート ボックスカー フルハウス ストレートフラッシュ グレート・アーティスト エノラ・ゲイ ガートルードC ジェネラル・H・H・アーノルドスペシャル カラミティ・スー アシッド・テスト チョットマッテ キーバード ラッキーレディ・ツー ツポレフ設計局製 Tu-4 Tu-70 Tu-75 Tu-80 Tu-85 エアロスペースラインズ社製 プレグナントグッピー スーパーグッピー ミニグッピー その他 KJ-1 この項目は、軍用機や空軍に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ軍事、PJ航空/P軍事)。表示編集 Related Articles