チョプラン島漂流事件

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チョプラン島漂流事件(チョプランとうひょうりゅうじけん)とは、1802年(享和2年)に漂流した日本人船員文助(ぶんすけ)が台湾チョプラン島(Ci'poran、奚卜蘭島)に漂着し、1808年まで現地に滞在後、1809年に日本に帰国した事件である。

1802年(享和2年)11月に北海道の箱館から出航した商船順吉丸(320石積、9人乗り、船頭文助)が江戸へ航行中に仙台沖で嵐で漂流し、台湾宜蘭に漂着した。現地人の略奪にあって逃走し、翌1803年正月28日に南部のチョプラン島(Ci'poran、奚卜蘭島)(現在の花蓮県秀姑巒渓口付近)に漂着した[1]

船員たちは現地アミ族のもとで暮らしたが病死し、文助だけが生き残り、1807年(文化4)まで暮らした。

1807年12月には薩摩船永柳丸(1800石積、23人乗り)が漂着し、文助と合流し、一行は台湾府城から、中国大陸厦門福州抗州乍浦を経て、清国船に分乗し、1808年(文化5年)11月に長崎に入港し、文助は翌1809年8月に松前に帰郷した。

チョプラン島漂流事件を描いた作品

小説
  • 西川満『ちょぷらん島漂流記』湊書房 1952 のち中公文庫 1986
絵本
  • 小林豊 文・絵『チョプラン漂流記 お船がかえる日』岩波書店 (2017)

参考文献

関連文献

関連項目

外部リンク

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