チンボラソ
エクアドルの最高峰
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赤道直下の山
歴史
19世紀初頭まで、地球で一番高い山だと考えられており、17世紀から18世紀にかけて、多くの人たちが登頂に挑戦している。
1802年に、南米の調査中であったアレクサンダー・フォン・フンボルトがフランス人のエメ・ボンプラン、エクアドル人のカルロス・モントゥーファル(Carlos Montúfar)らと共に登頂に挑戦している。彼らは5,875m地点まで到達したが、高山病にかかった者が何人かいたためそこで引き返している。これは、当時のヨーロッパ人が到達した最も高い地点である(インカの人々はさらに高い山に登っていた)[3]。
最終的にこの山は、イギリスのエドワード・ウィンパーとその弟ルイス、ジーン・アントワーヌ・カレルらによって1880年に登頂された。この登頂を疑う評論家は何人かいたが、同じ年にエクアドルのダビット・ベルトランとフランシスコ・カンパーナと共に再度登頂に成功している[4]。
水源としてのチンボラソ
関連した作品
シモン・ボリバルはこの山に触発されて詩を書いている。
ギャラリー
- 西から見たチンボラソ
- グアヤキルから見たチンボラソ
- 日の出の山頂から見たチンボラソの影
- ルイ・レミー・ミニョー(1831-1870)の描いたチンボラソ
- フレデリック・エドウィン・チャーチ(1826-1900)の習作
