ティンバランド
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ティンバランド(英: Timbaland、1972年3月10日 - )は、アメリカ合衆国バージニア州出身の音楽プロデューサー、ミュージシャン。2006年・2007年にビルボードの週間チャートにて最高1位を5回記録するという快挙を成し遂げた[1]。2021年に『タイム100』に選出された[2]。
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ティンバランド(2019年) | |
| 基本情報 | |
| 出生名 | Timothy Zachery Mosley |
| 生誕 | 1972年3月10日(54歳) |
| 出身地 |
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| ジャンル | |
| 職業 | |
| 担当楽器 | |
| 活動期間 | 1986年 - |
| レーベル |
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| 共同作業者 | |
| 公式サイト | mosleymusicgroup.com |
経歴
アメリカ・バージニア州ノーフォークにて、ティモシー・ザケリー・モズレー(Timothy Zachery Mosley)として誕生。父親はガーランド・モズレー(アムトラック従業員)、母親はラトリス・モズレー(ホームレス・シェルター経営者)、弟はセバスチャン(MC)[3]。1986年に地元のレッドロブスターにて銃で撃たれ、右手が9ヶ月間麻痺した。この時にティンバランドは左手を使ってDJを練習し始めた。高校卒業後、就職や進学はせず、DJとして音楽活動を開始した[4]。
その後、ミッシー・エリオットと活動するようになり、ディヴァンテ・スウィングと出会い、スウィングはティンバーランド(靴メーカー)にちなんでモズレーを「ティンバランド(Timbaland)」と命名した[5]。
1998年11月24日リリースのファースト・アルバム『ティムズ・バイオ』でソロ・デビューし、Billboard 200の週間チャートにて最高41位を記録[1]。
1990年代にアリーヤをプロデュースしていたが、2001年8月25日にアリーヤが搭乗した飛行機の墜落事故により、彼女は22歳で亡くなった[6]。その死は、ティンバランドに大きな影響を与えた[6]。
Billboard上位を連発(2006年 - 2010年)

2006年に自身によるレーベルであるモズレー・ミュージック・グループを設立。
4月25日リリースのネリー・ファータドのシングル「Promiscuous」(ティンバランドによる制作作品)がBillboard Hot 100の週間チャートにて最高1位を記録し、6月7日リリースのファータドのアルバム『ルース』(ティンバランドによる制作曲8曲を収録)は、Billboard 200の週間チャートにて最高1位を記録[1]。7月18日リリースのジャスティン・ティンバーレイクのシングル「SexyBack」(ティンバランドによる制作作品)もBillboard Hot 100の週間チャートにて最高1位を記録し、9月8日リリースのティンバーレイクのアルバム『フューチャーセックス/ラヴサウンズ』(ティンバランドによる制作曲10曲を収録)もBillboard 200の週間チャートにて最高1位を記録した[1]。
2007年2月6日リリースの「Give It to Me」(自身によるリリース作品。ファータド、ティンバーレイクとの曲)は、Billboard Hot 100の週間チャートにて最高1位を記録[1]。4月3日にセカンド・アルバム『ティンバランド・プレゼンツ・ショック・ヴァリュー』をリリースし、Billboard 200の週間チャートにて最高5位を記録[1]。「Give It to Me」も収録され、「Apologize」(ワンリパブリックとの収録曲)は、Billboard Hot 100の週間チャートにて最高2位を記録した[1]。
2008年3月17日リリースの「4 Minutes」(マドンナ、ティンバーレイクとの曲)は、Billboard Hot 100の週間チャートにて最高3位を記録[1]。2009年12月8日にサード・アルバム『ティンバランド・プレゼンツ・ショック・ヴァリュー2』をリリースし、Billboard 200にて週間チャート最高36位を記録[1]。
2010年8月に自宅にて強盗被害に遭った[7]。
2011年 -
2013年に「Love Never Felt So Good」(マイケル・ジャクソンによる生前未発表曲)のプロデュースに参加し、2014年5月2日にリリースし、Billboard Hot 100にて週間チャート最高9位を記録[8]。
2021年に『タイム100』に選出された[2]。2023年、元彼のジャスティンとの話を自叙伝に綴ったブリトニー・スピアーズに対して「あの女はおかしくなってんだ、だろ? ジャスティンに『あの女に口輪をはめろ』と電話してやりたいよ」と発言し炎上。後日、TikTokのライブ配信で謝罪する羽目になった[9]。ティンバランドが先駆けとなったこの技術は、後に「ブートレグ」[10]ガレージトラックの創出に役立ち、UKガラージの興隆に不可欠となった。アンダーグラウンドムーブメントとして始まったものは、やがて人気を博し、当時としては前代未聞の「ブートレグ・リミックスが2万枚以上売れる」ほどだった。その一例がブランディ&モニカの「The Boy Is Mine」のリミックスである。ティンバランドは、ザ・クリプス、ファレル・ウィリアムズ、ミッシー・エリオットなど他のバージニアのアーティストと共に、バージニアを東海岸ヒップホップが強い地帯の一つとして確立したと評価されている。
ディスコグラフィ
スタジオ・アルバム
- 『ティムズ・バイオ』 - Tim's Bio: Life from da Bassment (1998年) ※全米 41位
- 『ティンバランド・プレゼンツ・ショック・ヴァリュー』 - Shock Value (2007年) ※全米 5位
- 『ティンバランド・プレゼンツ・ショック・ヴァリュー2』 - Shock Value II (2009年) ※全米 36位
- Yellow (2024年) ※with Malte Marten
- Timbo Progression (2025年)
ティンバランド&マグー
- Welcome to Our World (1997年)
- 『インディーセント・プロポーザル』 - Indecent Proposal (2001年)
- 『アンダー・コンストラクション・パート2』 - Under Construction, Part II (2003年)
制作に関与した主な代表作
- "Promiscuous" (2006年) ※ネリー・ファータドによるシングル。全米 1位
- 『ルース』 - Loose (2006年) ※ネリー・ファータドによるアルバム。全米 1位
- "SexyBack" (2006年) ※ジャスティン・ティンバーレイクによるシングル。全米 1位
- 『フューチャーセックス/ラヴサウンズ』 - FutureSex/LoveSounds (2006年) ※ジャスティン・ティンバーレイクによるアルバム。全米 1位
- "Give It to Me" (2007年) ※シングル。『Shock Value』収録曲。ネリー・ファータドとジャスティン・ティンバーレイクが参加。全米 1位
- "Apologize" (2007年) ※『Shock Value』収録曲。ワンリパブリックが参加。全米 2位
- "4 Minutes" (2008年) ※マドンナによるシングル。ジャスティン・ティンバーレイクとティンバランドが参加。全米 3位
- "Love Never Felt So Good" (2014年) ※マイケル・ジャクソンによる生前未発表曲。全米 9位