テイクス・オフ
From Wikipedia, the free encyclopedia
| 『テイクス・オフ』 | ||||
|---|---|---|---|---|
| ジェファーソン・エアプレイン の スタジオ・アルバム | ||||
| リリース | ||||
| 録音 | ||||
| 時間 | ||||
| レーベル | RCAレコード | |||
| プロデュース |
| |||
| 専門評論家によるレビュー | ||||
| ジェファーソン・エアプレイン アルバム 年表 | ||||
| ||||
『テイクス・オフ』(Jefferson Airplane Takes Off) は、アメリカ合衆国のロック・バンドのジェファーソン・エアプレインが1966年に発表したデビュー・アルバムである。
マーティ・バリンとポール・カントナーが結成したバンドは、1965年7月までにバリン(ヴォーカル)、カントナー(ヴォーカル、ギター)、シグニー・トリー・アンダーソン(ヴォーカル)、ボブ・ハーヴェイ(ベース)、ジェリー・ペロクィン[1](ドラムス)、ヨーマ・カウコネン(リード・ギター)の顔ぶれを揃え[2]、最後に加入したカウコネンの提案でジェファーソン・エアプレインと名付けられた[2]。
彼等はマシュー・カッツとマネージメントの契約を結び[3]、サンフランシスコのナイトクラブで活動した。やがてサンフランシスコ・クロニクル紙に取り上げられ[4]、レコード会社の注目を集め始めた。まもなくハーヴェイとペロクィンに代えて、ジャック・キャサディ[5]とアレックス・スキップ・スペンス[6]を迎えた。カッツは彼等に関心を示してきたRCAレコード[注釈 1]との契約を成立させるために、メンバーに改めて自分との正式な契約書にサインさせた[7]。11月、RCAレコードはマシュー・カッツ・プロダクション用とジェファーソン・エアプレイン用の二つの契約書にサインし、後者に前金の25000ドルと「十分な製作費」を支払った[8]。
収録曲
邦題は日本盤に準拠[10]。リード・ヴォーカルの記載がない曲はマーティ・バリンによる。
CD
| # | タイトル | 作詞・作曲 | リード・ヴォーカル | 時間 |
|---|---|---|---|---|
| 1. | 「エアプレインのブルース」(Blues from an Airplane) | Marty Balin, Alex Spence | ||
| 2. | 「レット・ミー・イン」(Let Me In) | Balin, Paul Kantner | Kantner | |
| 3. | 「ブリンギング・ミー・ダウン」(Bringing Me Down) | Balin, Kantner | ||
| 4. | 「イッツ・ノー・シークレット」(It's No Secret) | Balin | ||
| 5. | 「タバコ・ロード」(Tobacco Road) | John D. Loudermilk | ||
| 6. | 「カム・アップ・ザ・イヤーズ」(Come Up the Years) | Balin, Kantner | ||
| 7. | 「ラン・アラウンド」(Run Around) | Balin, Kantner | Kantner | |
| 8. | 「ゲット・トゥゲザー」(Let's Get Together) | Chet Powers | Kantner, Signe Toly Anderson, Balin | |
| 9. | 「ドント・スリップ・アウェイ」(Don't Slip Away) | Balin, Spence | ||
| 10. | 「ショーファー・ブルース」(Chauffeur Blues) | Lester Melrose, Memphis Minnie | Anderson | |
| 11. | 「アンド・アイ・ライク・イット」(And I Like It) | Balin, Jorma Kaukonen | ||
合計時間: | ||||