テリー・テンペスト・ウィリアムズ

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職業 作家、教育者、自然保護活動家、社会活動家
代表作 Refuge: An Unnatural History of Family and Place(1991年)
テリー・テンペスト・ウィリアムス
生誕 (1955-09-08) 1955年9月8日(70歳)
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 カリフォルニア州コロナ
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
職業 作家、教育者、自然保護活動家、社会活動家
代表作 Refuge: An Unnatural History of Family and Place(1991年)
配偶者 ブルック・ウィリアムス(1974年-)
公式サイト The Steven Barclay Agency
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テリー・テンペスト・ウィリアムス(Terry Tempest Williams、1955年9月8日 - )は、アメリカ合衆国のネイチャーライティング作家、教育者、自然保護活動家、社会活動家である。

クリエイティブ・ノンフィクションと叙情的エッセイを主な表現形式とし、生態系の保護、公有地の保全、女性の健康問題、そして人間と自然の関係性をめぐる社会的・環境的正義を一貫したテーマとして書き続けている。

その文学的世界観はアメリカ西部、とりわけユタ州の荒涼たる大地に深く根ざしている。代表作『Refuge: An Unnatural History of Family and Place』(1991年)は、環境文学の古典として広く読まれている。2019年には全米芸術アカデミー(American Academy of Arts and Letters)の会員に選出された。

生い立ちと家族

1955年9月8日、カリフォルニア州コロナにて、ダイアン・ディクソン・テンペストとジョン・ヘンリー・テンペスト三世の娘として生まれた[1]。父が米空軍に服務したのち、一家はユタ州ソルトレイクシティに移り、ウィリアムスはグレートソルトレイクを望む環境で育った。敬虔なモルモン教徒の家族のなかで、荒野での時間は彼女にとって霊的な体験そのものであった。

1951年から1962年にかけてネバダ核実験場(ラスベガス郊外)で行われた地上核実験により、ウィリアムス一家を含むユタ州の多くの住民が放射線に被曝した。この影響で家族16人ががんを患い、乳房切除術を受けた者や命を落とした者も多数いた。彼女の母、祖母、兄弟もがんに侵された。1994年までに家族9人が乳房切除術を受け、7人が死亡している[2]

教育

1978年、ユタ大学(University of Utah)を英語学専攻で卒業(生物学副専攻)。1984年に同大学で環境教育学の理学修士号を取得した[3]

職歴

大学卒業後、ナバホ・ネイション内のモンテズマクリーク(ユタ州)で教師として勤務した。1976年にはソルトレイクシティのカーデン・スクールで理科を教え、ストーリーテリングを通じた教育の価値を学んだと後に語っている。その後、1986年から1996年までユタ自然史博物館(Utah Museum of Natural History)に勤務し、最初は教育キュレーター、のちに自然主義者常駐研究員として活動した[4]

2003年にはユタ大学から名誉博士号を授与された。同年、同大学の環境人文学大学院プログラム(Environmental Humanities Graduate Program)を共同創設し、アニー・クラーク・タナー教育フェロー(Annie Clark Tanner Teaching Fellow)として13年間にわたって教鞭を取った。2016年4月、大学との契約交渉が行き詰まり、「屈辱的だった」とウィリアムスが述べるなか、ユタ大学を辞職した[5]

ダートマス大学(Dartmouth College)でモントゴメリー・フェロー(Montgomery Fellow)を二度務め、2011年から2017年まで同大学の学長スカラー(Provostial Scholar)として活動した[6]。2017年よりハーバード神学大学院(Harvard Divinity School)の常駐作家(Writer-in-Residence)を務めている[7]。現在、ユタ州キャッスル・バレーとマサチューセッツ州ケンブリッジを行き来しながら生活している。

活動家として

1987年から1992年にかけてネバダ砂漠における核実験に抗議する市民的不服従に参加し、2003年3月にはw:Code PinkとともにワシントンD.C.でイラク戦争反対の抗議活動に加わった[8]

2016年2月、「地中に留めておけ(Keep It in the Ground)」運動の一環として、グランド郡(ユタ州)の連邦石油・ガス採掘権競売に参加し、自ら設立した「テンペスト・エクスプロレーション社」を通じて合計1,751エーカーの土地を落札。エネルギー開発から土地を守るための保全買主として行動した[9]

女性の健康問題については議会でも証言を行い、ホワイトハウスの賓客として招かれたこともある。ルワンダでは「裸足の芸術家」として活動し、ユタ州およびアラスカ州の僻地の荒野でキャンプを行うなど、その活動は多岐にわたる[10]

学術的業績

ウィリアムスは、クリエイティブ・ノンフィクションと叙情的エッセイという文学ジャンルを通じ、環境問題を社会正義の問いとして読者に届けてきた。1995年、作家スティーブン・トリンブルとともに、ユタ州荒野の保護を訴えるアンソロジー『Testimony: Writers Speak On Behalf of Utah Wilderness』を編集し、米国議会の全議員に送付した。その後のグランド・ステアケース=エスカランテ国定記念物指定にあたり、ビル・クリントン大統領みずからがこの本の影響を公式に認めた[11]

2004年にはユタ大学の環境人文学大学院プログラムを共同創設し、科学と人文学、さらには霊性を架橋する学問的場を切り拓いた。現在はハーバード神学大学院にてコンステレーション・プロジェクト(The Constellation Project)の共同創設者として、惑星の健康(Planetary Health)における想像力・創造性・霊性の重要性を探求するコミュニティの構築に取り組んでいる[12]

主な著作

書籍

  1. The Secret Language of Snow(テッド・メジャーとの共著、1984年、National Science Foundation Book Award受賞)
  2. Pieces of White Shell: A Journey to Navajo Land(1984年、イラスト:クリフォード・ブライシーリア)
  3. Between Cattails(1985年、イラスト:ピーター・パーナル)
  4. Coyote's Canyon(1989年、写真:ジョン・テルフォード)
  5. Refuge: An Unnatural History of Family and Place(1991年、Pantheon Books)
  6. An Unspoken Hunger: Stories from the Field(1994年)
  7. Desert Quartet: An Erotic Landscape(1995年)
  8. Leap(2000年)
  9. Red: Passion and Patience in the Desert(2001年)
  10. The Open Space of Democracy(2004年、Wipf and Stock Publishers)
  11. Finding Beauty in a Broken World(2008年、Pantheon Books)
  12. When Women Were Birds: Fifty-four Variations on Voice(2012年、Macmillan)
  13. The Hour of Land: A Personal Topography of America's National Parks(2016年、ニューヨーク・タイムズ・ベストセラー)
  14. Erosion: Essays of Undoing(2019年)
  15. The Moon Is Behind Us(ファザル・シェイクとの共著)

編著

  1. Testimony: Writers Speak On Behalf of Utah Wilderness(スティーブン・トリンブルとの共編、1995年)

受賞・栄誉

  • 1991年 エヴァンス伝記賞(Evans Biography Award)、ユタ州立大学マウンテン・ウェスト地域研究センター
  • 1992年 マウンテン・アンド・プレーンズ・ブックセラーズ「読書・西部」賞(クリエイティブ・ノンフィクション部門)
  • 1993年 全米野生生物連盟保護特別功績賞(National Wildlife Federation Conservation Award for Special Achievement)
  • 2003年 ユタ大学名誉博士号
  • 2006年 ロバート・マーシャル賞(Robert Marshall Award)、ウィルダネス・ソサエティ(The Wilderness Society)最高の市民栄誉賞[13]
  • 西部アメリカ文学協会優秀功績賞(Distinguished Achievement Award)
  • ウォーレス・ステグナー賞(Wallace Stegner Award)、コロラド大学アメリカ西部センター(Center for the American West)
  • ラナン文学フェローシップ(Lannan Literary Fellowship)[14]
  • ジョン・サイモン・グッゲンハイム・フェローシップ(John Simon Guggenheim Fellowship)クリエイティブ・ノンフィクション部門[15]
  • 2010年 デヴィッド・R・ブラワー保護活動賞(David R. Brower Conservation Award)
  • 2011年 コミュニティ・オブ・クライスト国際平和賞
  • 2013年 ロビン・W・ウィンクス賞(Robin W. Winks Award)、国立公園保護協会
  • 2014年 シエラクラブ・ジョン・ミュア賞(John Muir Award)、荒野保護法50周年記念[16]
  • 2017年 オーデュボン・ニューヨーク環境ライティング賞
  • 2019年 ロバート・カーシュ賞(Robert Kirsch Award)、アメリカ西部への顕著な貢献に対する生涯功績賞[17]
  • 2019年 全米芸術アカデミー(American Academy of Arts and Letters)会員選出
  • ヘンリー・デイヴィッド・ソロー・メダル(Henry David Thoreau Medal)、自然史文学部門[18]

思想・考え方

ウィリアムスは、環境問題と社会正義は切り離せないと主張する。彼女は繰り返し「環境問題は社会問題であり、最終的には正義の問題になる」と述べ、荒野の保護を政治的イデオロギーの問題としてではなく、生命の尊厳と民主主義の問題として位置づけてきた。

彼女は民主主義観について、著書『The Open Space of Democracy』(2004年)においてウィリアムスは、民主主義の根底には「人間の心」があると論じた。人間・動植物・岩・川など、あらゆる生命体に正義をもたらす「開かれた民主主義の空間」こそが、真の共同体を作ると主張する[19]

荒野と人間の精神性の関係についても、ウィリアムスは独自の視点を持つ。荒野は「孤独の場」ではなく「瞑想の場・避難所」であり、そこに身を置くことで人間は本来の自分を取り戻せると考える。また、自然の美しさを見出すこと――それが「壊れた世界」の中においても――は、単なる美的鑑賞ではなく「生き延びるための戦略」であると説く[20]

核実験による家族の被曝体験は、彼女の活動主義の原点でもある。ウィリアムスは「下風地帯の人々(downwinders)」の問題を通じて、国家の政策決定が一般市民の身体と生命にいかに深く侵入するかを問い続けてきた。この視点は、女性の健康問題への関心とも深く結びついている。

発言

脚注

外部リンク

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