ディモナ
イスラエルの都市
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由来
ヨシュア記の15章21-22節によると、街の名は「聖書の町」という意味の語から転訛したものである。
歴史
ディモナ市は1950年代に開発都市のひとつとして初代首相のダヴィド・ベン=グリオンによって設立された。街自体は1953年に創設され、1955年に移民が始まった。移民はほとんどが北アフリカのユダヤ教徒で、彼らが現在の街並みをつくった。ディモナの地方審議会としての紋章は1961年5月2日に採用され、1965年5月24日にはそれをかたどった切手が発売された。
イスラエルが核開発を始めてから10年が経つと、周りに都市がないという理由でディモナからそう遠くない場所にネゲヴ原子力研究センターが建設されることになった。人口は1980年代に漸減したが、1990年代にロシアが在露ユダヤ人の国外移民を推し進めると再び増えた。
2008年2月4日にはディモナ・テロと呼ばれるパレスチナ人自爆事件が起き、イスラエル人の女性1人が死亡し38人が重軽傷を負った。
2026年3月21日、市内の住宅地などがイランの弾道ミサイル攻撃を受け、子どもを含む33人が負傷した。これはイスラエルがイランのナタンズ核施設へ行った空爆に対する反撃であり、ディモナ郊外に存在するというイスラエルの核開発拠点を攻撃する意図があったものと見られている[2]。
住民
経済

1980年代初頭にディモナ繊維株式会社などの繊維企業が街の経済を支配したが、それ以降は多くの工場が閉鎖された。現在ではディモナシリカ工業株式会社が沈殿シリカや炭酸カルシウム充填剤を製造している。
人口の3分の1は死海沿いの化学プラント、ハイテク企業や繊維製品店などの企業で働いているが、近年は新技術を導入するため多くの労働者が解雇されており、完全失業率は10%に上る。
ディモナはイスラエル・ソーラー・トランスフォーメーションの一部に組み込まれている。郊外のロテム工業団地では太陽熱発電が行われている。ルス第二株式会社は太陽電池をアメリカのカリフォルニア州にパシフィック・ガス・アンド・エレクトリック・カンパニーが建設した三つの新しいソーラープラントに新技術を導入する計画を進めている[4][5][6]。
交通
ゆかりの人物
姉妹都市
アンデルナハ(ドイツ、1975年)