デキムス・ユニウス・ペラ

From Wikipedia, the free encyclopedia

出生 不明
死没 不明
出身階級 プレブス

デキムス・ユニウス・ペラ
Decimus Iunius Pera
(D. Iunius D. f. D. n. Pera)
出生 不明
死没 不明
出身階級 プレブス
氏族 ユニウス氏族
官職 執政官(紀元前266年)
ケンソル(紀元前253年)
後継者 マルクス・ユニウス・ペラ
テンプレートを表示

デキムス・ユニウス・ペララテン語: Decimus Iunius Pera、生没年不詳)は共和政ローマプレブス(平民)出身の政治家・軍人。紀元前266年執政官(コンスル)、紀元前253年監察官(ケンソル)を務めた。

ペラは紀元前266年に執政官に就任するが、それ以前の経歴は不明である。同僚執政官はヌメリウス・ファビウス・ピクトルであった。両執政官はサルシナに対して勝利して凱旋式を実施し、さらにはメサッピア(en)に対する勝利のために任期中に2度目の凱旋式を実施している[1]

紀元前264年に父が死去すると、ペラとその兄弟のマルクスは、父の追憶のためにローマでは最初の剣闘士闘技会を開催している[2][3]。4世紀の帝政ローマの詩人アウソニウスは、トラキア人あるいはトラキア闘士が戦ったとしているが、現在の研究はこれを疑っている[4][5]

紀元前253年に監察官に就任。同僚監察官はルキウス・ポストゥミウス・メゲッルスであった。メゲッルスは任期中に死亡したが、ペラもこれを不吉として辞職している[6]

一族

父も祖父もプラエノーメン(第一名、個人名)はデキムスである[6]。但し、父はデキムス・ユニウス・ブルトゥス・ペラであり、コグノーメンの「ブルトゥス」と「ベラ」のうち、「ペラ」だけを受け継いだ。

息子に紀元前230年の執政官、紀元前225年の監察官、紀元前216年の独裁官(ディクタトル)を務めたマルクス・ユニウス・ペラがいる。

参考資料

参考資料

関連項目

Related Articles

Wikiwand AI