ルキウス・ユリウス・リボ
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一族
父も祖父もプラエノーメン(第一名、個人名)はルキウスである。ユリウス氏族は有力な古代ローマにおける氏族であり、氏族の一員が紀元前489年から紀元前430年にかけて執政官に6回、紀元前438年から紀元前379年にかけては執政武官に9回就任している。しかしながら、紀元前352年の独裁官(ディクタトル)となったガイウス・ユリウス・ユッルスを最後に、ユリウス氏族に高位の官職を務めたものは無く、リボはおよそ100年ぶりに最高職についた人物となった。また、リボの次にユリウス氏族から執政官が出るのは、セクストゥス・ユリウス・カエサル (紀元前157年の執政官)まで待たねばならない。
現代の研究者は、リボを共和政初期のユリウス・ユッルス家と第二次ポエニ戦争からローマ帝国初期にかけて繁栄するユリウス・カエサル家をつなぐ人物とみなしている。リボがユリウス・ユッルス家の直径の子孫なのか、あるいはその分家から出ているのか、さらには彼の子孫がユリウス・カエサル家となったのかは不明である。しかし長い間、リボはユリウス・カエサル家の祖先であると考えられてきた。最近では、ある学者が紀元前208年の法務官(プラエトル)であったセクストゥス・ユリウス・カエサル(en)の父であるルキウス・ユリウスが、リボの息子であると主張している。但し、彼のコグノーメンが「リボ」であったか「カエサル」であったかは不明である[4]。