デニス・C・ブレア

From Wikipedia, the free encyclopedia

生年月日 (1947-02-04) 1947年2月4日(78歳)
出身校 海軍兵学校
前職 海軍軍人
デニス・カトラー・ブレア
Dennis Cutler Blair
2009年
生年月日 (1947-02-04) 1947年2月4日(78歳)
出生地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 メイン州キタリー
出身校 海軍兵学校
前職 海軍軍人
在任期間 2009年1月29日 - 2010年5月28日
テンプレートを表示
デニス・カトラー・ブレア
Dennis Cutler Blair
1991年
所属組織 アメリカ合衆国の旗 アメリカ海軍
軍歴 1968 - 2002
最終階級 大将(Admiral)
指揮 アメリカインド太平洋軍
戦闘 対テロ戦争
除隊後 国家情報長官
テンプレートを表示

デニス・カトラー・ブレアDennis Cutler Blair, 1947年2月4日 - )は、アメリカ合衆国軍人政治家アメリカ太平洋軍司令官、アメリカ合衆国国家情報長官を歴任。

1947年、メイン州キタリーに生まれる。「バージニア」の元となったフリゲートの「メリマック英語版」を建造した技師長のウィリアム・プライス・ウィリアムソンの子孫[1]

1964年セント・アンドリューズ・スクールに入学。同窓にはオリバー・ノースジム・ウェッブがいる。その後海軍士官学校に入学し、1968年に卒業した。卒業後はミサイル駆逐艦の「タットノール」に着任し、以降は太平洋艦隊大西洋艦隊でミサイル駆逐艦の勤務を転々とした。

その後、ローズ奨学制度オックスフォード大学にてロシア研究をし、1975年から1976年にはホワイトハウス・フェローに選ばれる。

1984年から1986年まで「コクレーン」艦長を務め、1988年から1989年までアメリカ太平洋軍司令部で勤務した。1994年から1995年までは「キティホーク」空母打撃群指揮官を務めた。また、統合参謀本部事務局長や国家安全保障会議の予算・政策担当官も務めていた。

2002年2月、中谷元防衛庁長官(左)から勲一等旭日大綬章を伝達されるブレア(右)

1999年にアメリカ太平洋軍司令官に就任。在任中は周辺国との合同軍事演習を活発に行い、同盟関係の強化に努めた[2][3][4]

ジャーナリストアラン・ネアン英語版によると、司令官就任直後に発生した東ティモール紛争に際して、リキシャ教会虐殺英語版が起こった2日後に「民兵への支援を止めるべき」というクリントン政権の意思を伝えるため、インドネシア国軍ウィラント司令官と会談するが、ブレアは「民兵を解散させる代わりにインドネシアへの軍事支援を表明する」と伝えたと主張している。また、この際にインドネシア兵士への暴動鎮圧訓練を実施すると提案したため、ウィラントは民兵による活動を実質的に承認されたと解釈したと指摘している(クリントン政権は警察官に対する訓練のみを提案していたという)[5]。ブレアは2009年国家情報長官の承認公聴会に際し、「会談の中で、民兵による拷問・虐殺を非難しており、その結果活動を停止させた」として、ネアンの主張を否定した[6][7][8]

2001年4月、アメリカ海軍P-3中国海軍J-8IIが空中衝突し、海南島に不時着したアメリカ人パイロットが中国軍に拘束される海南島事件が発生。米中関係が一時緊張状態となり、ブレアは担当地域の司令官として事件の解決に尽力した[9]

2002年、司令官退任と同時に退役した。

国家情報長官

2009年に発足したオバマ政権では国家情報長官に任命される。ブレアはインテリジェンス・コミュニティー強化を目指し、長年インテリジェンス・コミュニティーを統括していたCIAの海外局長の任命権を巡り、CIAとの対立を引き起こした[10]上院議会はブレアを支持した[11]が、11月10日にオバマは「海外局長の任命権は引き続きCIAの権限とする」と決定した。これに対し、専門家からは「国家情報長官の権限が弱まる懸念がある」と指摘した[12]

2010年5月20日、オバマから辞任を求められ[13]、ブレアは28日に国家情報長官を辞任した[14][15]。辞任の背景にはCIAとの対立の他、テロ対策を巡る方針の違いが原因とも報じられた[16]

シンクタンク

海軍退役後はアジア研究国民局英語版に所属し、ディキンソン大学・陸軍士官学校で安全保障の講師を務めた[17][18][19]。また、国家安全保障シンクタンク防衛分析研究所英語版の所長を2003年から2007年まで務め、国家安全保障改革プロジェクトの事務局次長に就任した。

2014年5月、笹川平和財団のアメリカ会長に就任[20]。また、太平洋エネルギー・サミット議長として太平洋地域のエネルギー安全保障政策に関わっている[21]

東アジア観

脚注

外部リンク

Related Articles

Wikiwand AI