デュバル郡 (フロリダ州)
フロリダ州の郡
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歴史
デュバル郡となった地域には、ヨーロッパ人が入ってくる前の数千年間、様々な文化の先住民が住んでいた。ジャクソンビル市にあるティムクアン生態歴史保存地内で、考古学者達が紀元前2500年と推定される国内最古クラスの土器片を発掘した。ヨーロッパ人が接触する前に、北フロリダの海岸地域にはティムクア語を話すモカマ族インディアンが住んでいた[2]。ヨーロッパ人が入ってきたとき、デュバル郡となった地域の大半は、地域でも強力な部族だったサチュリワ族が支配していた。16世紀にはフランスの開拓地カロリーヌ砦が造られ、18世紀にはヨーロッパ人の開拓地が増え、その中にカウフォード、後のジャクソンビルがあった。
デュバル郡は1822年にセントジョンズ郡から分離して設立された。郡名は1822年から1834年までフロリダ準州知事を務めたウィリアム・ポープ・デュバルに因んで名付けられた。郡創設時の領域は、西のスワニー川から東の大西洋まで、北はスワニー川河口から南はセントジョンズ川沿いのジャクソンビルまで広大なものだった。1824年に郡域からアラチュア郡とナッソー郡が設立された。1858年にはクレイ郡が分離した。セントジョンズ川下流の南と東は1840年代にデュバル郡内に編入されていた[3]。
1968年10月1日、デュバル郡政府はジャクソンビル市政府と統合した。ただしジャクソンビル市内に入っていないアトランティックビーチ、ボールドウィン、ジャクソンビルビーチ、ネプチューンビーチ各市は独自の自治政府を維持しており、統合の範囲に入っていない。
地理
人口動態
| 年 | 人口 | %± | |
|---|---|---|---|
| 1830 | 1,970 | — | |
| 1840 | 4,156 | 111.0% | |
| 1850 | 4,539 | 9.2% | |
| 1860 | 5,074 | 11.8% | |
| 1870 | 11,921 | 134.9% | |
| 1880 | 19,431 | 63.0% | |
| 1890 | 26,800 | 37.9% | |
| 1900 | 39,733 | 48.3% | |
| 1910 | 75,163 | 89.2% | |
| 1920 | 113,540 | 51.1% | |
| 1930 | 155,503 | 37.0% | |
| 1940 | 210,143 | 35.1% | |
| 1950 | 304,029 | 44.7% | |
| 1960 | 455,411 | 49.8% | |
| 1970 | 528,865 | 16.1% | |
| 1980 | 571,003 | 8.0% | |
| 1990 | 672,971 | 17.9% | |
| 2000 | 778,879 | 15.7% | |
| 2010 | 864,263 | 11.0% | |
| 2020 | 995,567 | 15.2% |
以下は2000年国勢調査による人口統計データである。
|
基礎データ
人種別人口構成
言語による構成 年齢別人口構成
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世帯と家族(対世帯数)
収入収入と家計 |
都市と町
政治
1968年の市郡統合により、ジャクソンビル市長とジャクソンビル市政委員会が郡政委員会に変わって政治を進めている。
選挙管理官に拠れば、2008年一般選挙時点の登録有権者数は536,584人、このうち417,599人が投票を行い、投票率は77.83%だった。