デ・ヤング美術館
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| 施設情報 | |
| 正式名称 | M. H. de Young Memorial Museum |
| 来館者数 | 1,198,586人(2015年)[1] |
| 所在地 | 50 Hagiwara Tea Garden Drive San Francisco |
| 位置 | 北緯37度46分17秒 西経122度28分07秒 / 北緯37.77139度 西経122.46861度 |
| 外部リンク | 公式ウェブサイト |
| プロジェクト:GLAM | |
デ・ヤング美術館(M. H. de Young Memorial Museum)はアメリカ合衆国カリフォルニア州サンフランシスコにある美術館である。ゴールデン・ゲート・パーク内に位置している。
The Fine Arts Museums of San Francisco
デ・ヤング美術館は1894年に開かれた万国博(en)の際に建てられたファイン・アート・ビルディングを利用して1895年に開館。その時の委員会の委員長を務めたのがサンフランシスコ・クロニクルを創刊したマイケル・ハリー・デヤング(Michael Harry de Young)であったため、「デ・ヤング美術館」となった。当初の建物は1906年のサンフランシスコ地震で被害を受け、修復に1年半かかった。 間もなく更なるスペースが必要となり、1919年にLouis Christian Mulgardtn設計のスペイン風の建物が建設された。デ・ヤングの尽力により1921年には中央部と塔が追加され、美術館はM・H・デ・ヤング・メモリアル・ミュージアム(M. H. de Young Memorial Museum)と名前を変える。1925年には西翼が追加されるが、同年デ・ヤングは逝去する。4年後には当初のエジプト風建造物が安全上の問題があるとして取り壊された。1960年代半ば、アベリー・ブランデージが自身のアジア美術コレクションを寄贈したため、ブランデージ棟が建設されることになる。1994年、以前San Francisco Main Libraryであった建物をアジア美術館(Asian Art Museum)にすることが決まる。アジア美術館は2001年にクローズになり、2003年にシビック・センターに移転して独立した美術館として再びオープンした。
1989年、デ・ヤング美術館はロマ・プリータ地震のために建物自体に被害を受ける。美術館の評議員会はその後何年もの間解決策を探り、基金を集めて新しい建物を建築することにした。その結果スイスの建築家ヘルツォーク&ド・ムーロンの案が採用されることになり、美術館は2000年12月31日に一時閉館となる。新しい建物は5年近くの年月をかけて完成し、2005年10月15日にリニューアルオープンした。
ファイン・アート・ミュージアム・オブ・サンフランシスコ(The Fine Arts Museums of San Francisco)はゴールデン・ゲート・パークにあるデ・ヤング美術館と、リンカーン・パークにあるリージョン・オブ・オナー美術館の2つからなるサンフランシスコ最大の芸術機構である。
