トゥジ
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トゥジ(モンテネグロ語: Tuzi / Тузи)またはトゥズ(アルバニア語: Tuz)はモンテネグロ東部の町。マレスィア・エ・マヅェ地方に位置し、アルバニア人が多く居住している。かつてはポドゴリツァ自治体の下位に属する自治体であったが、2018年9月1日に単独のオプシュティナ / コムーナ(基礎自治体)へ昇格した[2]。基礎自治体としての現地名称はOpština Tuzi / Општина Тузи(モンテネグロ語)、Komuna e Tuzit(アルバニア語)。
トゥジ Komuna e Tuzit Opština Tuzi / Општина Тузи | |||
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Dinoša村の空撮(2015年) | |||
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基礎自治体の範囲 | |||
| 北緯42度21分56秒 東経19度19分53秒 | |||
| 国 |
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| 政府 | |||
| • 基礎自治体首長 | Nik Gjeloshaj[1] (アルバニア・オルタナーティヴ) | ||
| 面積 | |||
| • 合計 | 237 km2 | ||
| 人口 (2011年) | |||
| • 合計 | 12,096人 | ||
| • 密度 | 51人/km2 | ||
| • 都市人口 | 4,748人 | ||
| 等時帯 | UTC+1 (中央ヨーロッパ時間) | ||
| • 夏時間 | UTC+2 (中央ヨーロッパ夏時間) | ||
| 郵便番号 |
81206 | ||
| 市外局番 | +382 | ||
| ウェブサイト | Komuna e Tuzit | ||
| データは主に基礎自治体のもの。 | |||
地勢
人口・宗教
行政
トゥジにはDinoshë (Dinosaur)、Milesh (Milješ)、Vuksanlekaj (Vuksanlekići)、Sukruq (Sukuruć)、Dreshaj (Drešaj)、Narhelm (Pothum)、Vrane (Vranj)、Lekaj (Lekići)、Rrogâth (Rogame)の村落が含まれている。
1957年までは単独の自治体であったが[1]、ポドゴリツァ自治体に編入されて以降は議会や首長など独自の自治権は制限されていた。大多数を占めるアルバニア人は繰り返しマレスィア地方のうちモンテネグロ領内に属する地域の町や村落を独立した自治体として、自治権の獲得を求めていた。長年にわたる運動の結果、トゥズは2006年にポドゴリツァを構成する下部自治体(準自治体)となり[4]、2018年には単独の自治体へ復活することとなった。
歴史
15世紀以来、3世紀にわたりトゥジはオスマン帝国の支配下にあった。大部分はアルバニア人であるがイスラム教への変容の過程で氏族が発生し、それらの大部分は独立した生活様式を保っていた。氏族は古い慣習に従って、20世紀の初めまで暮らしていた。1865年にオスマン帝国は行政機構の改革でシュコドラ州を追加した。1878年のベルリン会議によってモンテネグロの独立が認められた後もトゥジはオスマン帝国の領域として残された。トゥジは当時、ポドゴリツァからシュコドラへ達する幹線道上の国境地点であった。1911年にトゥジではアルバニア人のオスマン帝国の支配に対する反乱が起こった。反乱はDedë Gjo Luli Dedvukaj が率いていたが、彼はアルバニアのシンボルであるスカンデルベグの古い旗を使用した。地元の人々がアルバニア独立のために戦っている間に、第一次バルカン戦争が勃発した。モンテネグロの軍はシュコダル湖地域全体の占領を試みトゥジはそれ以来、モンテネグロの一部として残っている。