トゥムスラの戦い
ボリビア独立戦争での戦闘
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背景
戦闘
1825年4月1日、トゥムスラにおいて独立派軍とオラニェタ率いる国王派軍が衝突した。独立派軍は数的および戦略的優位にあり、国王派軍を圧倒した。
この戦闘において、国王派の総司令官であるペドロ・アントニオ・オラニェタは致命傷を負った。彼は戦場から離脱したものの、翌4月2日に死亡した[1]。指揮官を失った国王派軍は完全に崩壊し、アルト・ペルーにおけるスペイン正規軍の組織的な抵抗は事実上終焉を迎えた。
なお、スペイン国王フェルナンド7世は、この戦況およびオラニェタの死を把握していなかった。そのため、オラニェタが死亡した後の5月27日付で、彼をリオ・デ・ラ・プラタ総督(Virrey del Río de la Plata)に任命するという、皮肉な人事決定を下している。