総床面積392平米、収容人数約800人で、当時の高級ディスコブームの代表的存在であった。
空間プロデューサーの山本コテツがアレンジし、映画『ブレードランナー』で美術コンセプトを担当したシド・ミードが内装を手掛け、近未来の惑星に故障して不時着した宇宙船をコンセプトに、宇宙船を模した照明装置を天井から懸下した。地下1階から地上2階まで吹き抜けとなっている。地下1階は半円形のダンスフロア。1階が通路、2階がキャッシャーとテーブル21卓にソファ37席、イス14席。メインスピーカー8基。DJブースはダンスフロアを見下ろせる様に設置。厳しいチェックディスコとして名を馳せ、芸能人や野球選手御用達の派手なディスコとして知られていた。
店舗は未完成のまま開店して徐々に「改修」を重ね、3年後の三井不動産主体による六本木周辺の不動産再開発の完了に合わせて「完成」したところで閉店する計画だった。
1988年(昭和63年)1月5日に、吹き抜けの2階天井から懸垂した照明装置が落下し、死亡者3名、負傷者14名が発生して開店から半年あまりで閉店した。
建物は警察による現場検証の終了後すぐに解体され、跡地はパチンコ店を経てクラブなど様々に変遷した。店の軒先に現在も慰霊碑代わりの地蔵がある[2] 。