トッド・マーティン
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トッド・マーティン | ||||
| 基本情報 | ||||
| フルネーム | Todd Christopher Martin | |||
| 国籍 |
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| 出身地 | 同・イリノイ州ヒンズデール | |||
| 生年月日 | 1970年7月8日(54歳) | |||
| 身長 | 198cm | |||
| 体重 | 90kg | |||
| 利き手 | 右 | |||
| バックハンド | 両手打ち | |||
| ツアー経歴 | ||||
| デビュー年 | 1990年 | |||
| 引退年 | 2004年 | |||
| ツアー通算 | 13勝 | |||
| シングルス | 8勝 | |||
| ダブルス | 5勝 | |||
| 生涯通算成績 | 511勝319敗 | |||
| シングルス | 411勝234敗 | |||
| ダブルス | 100勝85敗 | |||
| 生涯獲得賞金 | $8,254,455 | |||
| 4大大会最高成績・シングルス | ||||
| 全豪 | 準優勝(1994) | |||
| 全仏 | 4回戦(1991) | |||
| 全英 | ベスト4(1994・96) | |||
| 全米 | 準優勝(1999) | |||
| 4大大会最高成績・ダブルス | ||||
| 全豪 | 2回戦(1994) | |||
| 全仏 | 3回戦(1993) | |||
| 全英 | 3回戦(1994) | |||
| 全米 | 2回戦(1990-92) | |||
| キャリア自己最高ランキング | ||||
| シングルス | 4位(1999年9月13日) | |||
| ダブルス | 30位(1996年4月29日) | |||
トッド・クリストファー・マーティン(Todd Christopher Martin, 1970年7月8日 - )は、アメリカ合衆国イリノイ州ヒンズデール出身の元男子プロテニス選手。1994年全豪オープンと1999年全米オープン男子シングルスで、4大大会準優勝2度を記録した。シングルス自己最高ランキングは4位。ATPツアーでシングルス8勝、ダブルス5勝を挙げた。身長198cm、体重90kgの長身選手。右利き、バックハンド・ストロークは両手打ち。
マーティンはアメリカ人の男子プロテニス選手として、アンドレ・アガシ、ジム・クーリエ、ピート・サンプラス、マイケル・チャンなどと同年代に位置している。彼は4大タイトルを獲得できなかったが、前述の名選手たちとともにアメリカ男子テニスの黄金時代を築いたひとりだった。
イリノイ州のノースウェスタン大学で2年間プレーした後、1990年にプロ転向。前述の仲間たちに比べると、マーティンのプロ入りはかなり遅い。1993年5月にコーラルスプリングス国際テニス選手権でATPツアー初優勝を果たし、初めて世界ランキングトップ10に入る。1994年全豪オープンで初の4大大会決勝に進出したが、ピート・サンプラスに6-7, 4-6, 4-6のストレートで敗れて準優勝になる。この年はウィンブルドン選手権と全米オープンでの準決勝進出もあった。
1996年ウィンブルドン選手権で2年ぶり2度目の準決勝に進出したが、マラビーヤ・ワシントンとの試合は度重なる雨の中断に悩まされ、 7-5, 4-6, 7-6, 3-6で日没順延になる。翌日に持ち越された第5セットで、マーティンは何度かのマッチポイントを逃した末に8-10でワシントンに敗れ、決勝進出を逃した。
1997年は故障に悩み、シーズン7ヶ月間を棒に振ったが、1998年に2大会で復活優勝を遂げる。1999年全米オープンで5年ぶり2度目の4大大会決勝に進出したが、今度はアンドレ・アガシに4-6, 7-6, 7-6, 3-6, 2-6のフルセットで敗れて準優勝に終わった。
2000年シドニー五輪に出場したが、シングルス1回戦でライナー・シュットラーに敗退している。
マーティンは2004年全米オープン男子シングルス1回戦敗退を最後に現役を引退した。2006年からは世界各地を転戦して行われているシニアツアー大会アウトバック・チャンピオンズ・シリーズに参加。2007年シーズンはサンプラス、ジョン・マッケンローら往年の名選手を抑えて総合優勝を遂げた。