ライナー・シュットラー
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ライナー・シュットラー | ||||||||||
| 基本情報 | ||||||||||
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| 出身地 | 同・コルバッハ | |||||||||
| 生年月日 | 1976年4月25日(48歳) | |||||||||
| 身長 | 180cm | |||||||||
| 体重 | 75kg | |||||||||
| 利き手 | 右 | |||||||||
| バックハンド | 両手打ち | |||||||||
| ツアー経歴 | ||||||||||
| デビュー年 | 1995年 | |||||||||
| 引退年 | 2012年 | |||||||||
| ツアー通算 | 8勝 | |||||||||
| シングルス | 4勝 | |||||||||
| ダブルス | 4勝 | |||||||||
| 生涯通算成績 | 451勝509敗 | |||||||||
| シングルス | 327勝337敗 | |||||||||
| ダブルス | 124勝172敗 | |||||||||
| 生涯獲得賞金 | $7,407,508 | |||||||||
| 4大大会最高成績・シングルス | ||||||||||
| 全豪 | 準優勝(2003) | |||||||||
| 全仏 | 4回戦(2003) | |||||||||
| 全英 | ベスト4(2008) | |||||||||
| 全米 | 4回戦(2003) | |||||||||
| 4大大会最高成績・ダブルス | ||||||||||
| 全豪 | 2回戦(2004・07・10・11) | |||||||||
| 全仏 | ベスト8(2007) | |||||||||
| 全英 | ベスト8(2005) | |||||||||
| 全米 | 2回戦(2003・04・06-08) | |||||||||
| キャリア自己最高ランキング | ||||||||||
| シングルス | 5位(2004年4月26日) | |||||||||
| ダブルス | 40位(2005年7月11日) | |||||||||
| 獲得メダル | ||||||||||
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ライナー・シュットラー(Rainer Schüttler, 1976年4月25日 - )は、ドイツ・コルバッハ出身の男子プロテニス選手。2003年全豪オープン男子シングルス準優勝者。2004年アテネ五輪男子ダブルスで、ニコラス・キーファーとペアを組んだ銀メダル獲得もある。自己最高ランキングはシングルス5位、ダブルス40位。ATPツアーでシングルス4勝、ダブルス4勝を挙げた。身長180cm、体重75kg。右利き、バックハンド・ストロークは両手打ち。
シュットラーは9歳だった時、ボリス・ベッカーが1985年ウィンブルドン選手権に史上最年少の「17歳7ヶ月」で初優勝した快挙に刺激されてテニスを始めた。1995年にプロ入り。男子テニスの下部のチャレンジツアーを回っていた時期、1996年に名古屋の大会でベスト8進出がある。ベッカーとミヒャエル・シュティヒの後継者として早くから注目されていた、ニコラス・キーファーとトミー・ハースの2人に比べて、シュットラーは遅咲きタイプの選手である。1999年1月にカタール・エクソンモービル・オープンでプロ初優勝を遂げ、初めて世界ランキング50位以内に入る。この年から、彼は男子テニス国別対抗戦デビスカップドイツ代表選手に選ばれた。
それから4年後、2003年全豪オープン男子シングルスにおいて、第31シードだったシュットラーは準決勝でアメリカのアンディ・ロディックを破り、4大大会決勝に初進出を果たす。決勝ではアンドレ・アガシからわずか5ゲームしか奪えず、2-6, 2-6, 1-6の完敗で準優勝に終わった。この時、シュットラーはすでに26歳を迎えていた。
2003年は全豪準優勝の波に乗って好調なシーズンを送り、年間最終ランキング6位につけた。同年10月に来日し、ジャパン・オープン・テニス選手権男子シングルス決勝戦でセバスチャン・グロジャンを7-6, 6-2で破って優勝している。2004年アテネ五輪男子ダブルスで、シュットラーはニコラス・キーファーとペアを組み、決勝でチリのニコラス・マスー/フェルナンド・ゴンサレス組に2-6, 6-4, 6-3, 6-7, 4-6のフルセットで敗れて銀メダルになった。
それからしばらく好成績がなかったが、2008年4月にダブルスで2大会に優勝する。これでシュットラーの男子ツアーダブルス・タイトルは4つになった。2008年ウィンブルドン選手権において、シュットラーは世界ランキング94位の低位置から勝ち進み、32歳にして初のベスト4に進出した。2回戦で第9シードのジェームズ・ブレークを6-3, 6-7, 4-6, 6-4, 6-4のフルセットで破って波に乗り、準々決勝ではアルノー・クレマンに6-3, 5-7, 7-6, 6-7, 8-6で2日がかりの試合で勝利し、5年前の2003年全豪オープン以来の大舞台に姿を見せた。初進出の準決勝では、第2シードのラファエル・ナダルに1-6, 6-7, 4-6のストレートで完敗した。北京五輪の男子シングルスで、シュットラーは1回戦で日本の錦織圭を破った後、2回戦でノバク・ジョコビッチに敗れた。
シュットラーは2012年全豪オープンの予選で敗退した試合が最後の出場になり、2012年10月に正式に現役引退を発表した[1]。
ATPツアー決勝進出結果
シングルス: 12回 (4勝8敗)
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| 結果 | No. | 決勝日 | 大会 | サーフェス | 対戦相手 | スコア |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 優勝 | 1. | 1999年1月4日 | ハード | 6–4, 5–7, 6–1 | ||
| 準優勝 | 1. | 1999年4月5日 | ハード | 4–6, 6–1, 3–6 | ||
| 準優勝 | 2. | 2000年1月3日 | ハード | 6–3, 5–7, 0–3 途中棄権 | ||
| 優勝 | 2. | 2001年9月17日 | ハード | 6–3, 6–4 | ||
| 準優勝 | 3. | 2001年9月24日 | ハード | 6–7(3), 2–6 | ||
| 準優勝 | 4. | 2001年10月22日 | ハード (室内) | 6–3, 3–6, 3–6 | ||
| 準優勝 | 5. | 2002年4月29日 | クレー | 4–6, 4–6 | ||
| 準優勝 | 6. | 2003年1月13日 | ハード | 2–6, 2–6, 1–6 | ||
| 準優勝 | 7. | 2003年9月8日 | ハード | 2–6, 4–6 | ||
| 優勝 | 3. | 2003年9月29日 | ハード | 7–6, 6–2 | ||
| 優勝 | 4. | 2003年10月6日 | カーペット (室内) | 7–5, 6–3 | ||
| 準優勝 | 8. | 2004年4月19日 | クレー | 2–6, 1–6, 3–6 |
ダブルス: 9回 (4勝5敗)
| 結果 | No. | 決勝日 | 大会 | サーフェス | パートナー | 対戦相手 | スコア |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 優勝 | 1. | 2001年7月16日 | クレー | 4–6, 7–6(1), 6–4 | |||
| 準優勝 | 1. | 2003年10月20日 | ハード (室内) |
6–7(1), 3–6 | |||
| 準優勝 | 2. | 2004年8月15日 | ハード | 2–6, 6–4, 6–3, 6–7(7), 4–6 | |||
| 優勝 | 2. | 2005年1月9日 | ハード | 7–5, 4–6, 7–6(4) | |||
| 準優勝 | 3. | 2005年7月4日 | クレー | 6–7(6), 6–7(11) | |||
| 準優勝 | 4. | 2006年6月18日 | 芝 | 0–6, 4–6 | |||
| 優勝 | 3. | 2008年4月14日 | クレー | 7–5, 7–6(3) | |||
| 準優勝 | 5. | 2007年2月19日 | ハード | 5–7, 6–7(6) | |||
| 優勝 | 4. | 2008年5月4日 | クレー | 7–5, 3–6, [10–8] |