トランジットモール

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トランジットモールTransit mall)とは、自家用自動車の通行を制限し、バス路面電車LRTタクシーなどの公共交通機関[注釈 1]だけが優先的に通行できる形態の歩車共存道路を指す[1]

ポートランド市のトランジットモール

欧州[注釈 2]では都市中心域の歩行者空間(広場)に公共交通機関が進入し共存する形態がしばしば見られるが、北米においてはこれを参考にしながらも、主に公共交通機関への依存度が高い低所得者層を呼び込むことにより、中心市街地を活性化させる施策の一つとして導入された[1]

概要

トランジットモールは、都心部の商業地などにおいて自動車の通行を制限し、歩行者と路面を走行する公共交通機関による空間を創出する歩行者空間として整理される[2]。導入目的は、歩行者の安全性向上、買い物がしやすい空間の確保、都心商業地の魅力向上などに置かれる[2]

類似する歩行者空間には、区間全体またはブロック間を歩行者通路化するフルモールや、歩行者専用通路自動車通行路を組み合わせるセミモールがある[2]。これに対し、トランジットモールは、自動車を排除した歩行者専用空間に路面電車バストロリーバスなどの路面を走行する公共交通機関を導入した空間として位置づけられる[2]

この施策は歩行空間の整備にとどまらず、中心市街地へのアクセス向上と公共交通の利用促進を同時に扱う[2]。中心市街地では、自動車利用の増加や市街地の拡大に伴い、人口減少、商業・業務施設や公益施設の郊外移転などが問題化しうるため、トランジットモールは公共交通で来街しやすい空間をつくり、沿道の商業施設や軌道施設と一体になった都市空間を形成する手段として説明される[2]。一方で、歩行者空間に路面電車やバスなどを通すため、導入時には歩行者の安全性確保と軌道事業者による安全対策が論点となる[2]。実験や導入では、交通規制、車両の通行位置、歩行者横断の扱い、関係機関との協議などを整理する必要があり、単に自動車を排除する歩行者天国とは異なり、公共交通の運行と歩行環境の両立が重要な論点となる[2]

日本では、路面電車によるトランジットモールの実現に向けて福井市岐阜市で社会実験が行われたが、歩行者の安全性確保の観点から歩行者が自由に横断できる形態での実験は困難であったと整理されている[2]。一方、金沢市前橋市高岡市などでは、アーケードなどの歩行者専用道路にバスの走行を許可する形態で、バスによるトランジットモールが実現しているとされる[2]

1962年、アメリカ合衆国ミネソタ州ミネアポリス市において、ニコレット通りのニコレット・モールがアメリカで2番目のモール(歩行者専用道路)としてバス・タクシーのみ乗り入れで計画され、1967年から実施されたのが世界最初であるが、これをきっかけに各地でモールが導入されていく。 バッファロー, セントルイス、ボルチモア、ミルウォーキー、ポートランド、タコマ カラマゾーなど、50市近くにのぼっている。

なお、トランジット·モール形式のものとしてはシカゴ·ステイトストリートモール フィアのチェスナットストリートモール、デンバーの16番街モール、マイアミビーチのリンカーン通り、それにポートランドの平行する5番街, 6番街の2本の通り、タコマのコマース通り·パシフィック通りなど、10都市程度にとどまっている。

90年代以降には自動車を排除した歩行者モールやトランジット·モールのうち、いくつかは廃止され一般の道路に戻されている。例えばシカゴのステイトストリートモールが96年に、フィラデルフィアのチェスナットストリートモールが00年に廃止され、通常の自動車が通行する道路に復帰している。また成功例とされるポートランドの5番街とブロードウェイの2本のトランジット·モールも、一部区間が一般車に開放されている。まだ存続されているモールの幾つかは、改廃に向けての議論がされているとの情報もある。


日本では、1999年3月15日 - 3月28日浜松市遠州鉄道と共にオムニバスタウン施策の一環として試験的に運用したのが最初である。しかし、これは静岡県警との交渉が長引いたことなどが起因し、PR不足や短い実施期間が災いとなり、効果があまり得られず本格実施に至らなかった。

北米の導入事例

日本国内の導入事例

既に実施されている地域

導入が予定・検討されている地域

松山市の道後温泉駅前で進む工事

脚注

参考文献

関連項目

外部リンク

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