トルコ東部地震 (2011年10月)
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| トルコ東部地震(2011年10月) | |
|---|---|
| 本震 | |
| 発生日 | 2011年10月23日 |
| 発生時刻 | 13:41 (EEST) (UTC+03:00) |
| 座標 | 北緯38度37分41秒 東経43度29分10秒 / 北緯38.628度 東経43.486度座標: 北緯38度37分41秒 東経43度29分10秒 / 北緯38.628度 東経43.486度 |
| 震源の深さ | 20 km (12.4 mi) km |
| 規模 | Mw7.1 |
| 最大震度 | 改正メルカリ震度階級IX |
| 余震 | |
| 回数 | 5205(本震後1ヶ月間の総計)[1] |
| 被害 | |
| 死傷者数 |
死者604人 負傷者4,152人[2] |
| 被害地域 | トルコ グルジア イラン アルメニア イラク シリア アゼルバイジャン |
| プロジェクト:地球科学 プロジェクト:災害 | |
トルコ東部地震(トルコとうぶじしん)は、2011年10月23日13時40分(UTC+3、EEST)ごろ、トルコ東部のイラン国境に近いヴァン県の県都ヴァン近郊で発生したマグニチュード7.1(USGS暫定値)[3]とされる地震である。発生当初、トルコのカンディルリ天文台地震観測所は500人から1000人の死者が出る可能性があるとの見解を発表した[4]。
被害程度
反応


10月23日から、トルコ政府は災害対応のため、スタッフ1275人、車両174台、医療スタッフ290人、救急車43台、航空救急要員に6台投入した。地元民は救出活動に加わり、素手で参加する者も居た[6]。 生存者や野党の政治家たちは政府の危機管理を批判した[7]。
10月27日、トルコ災害緊急事態管理局の災害緊急事態理事会は1300万トルコリラ(約700万米ドル)が緊急救助活動のために送られたと発表した。また、860万トルコリラ(500万米ドル弱)が慈善団体を経由して寄付された。
10月27日時点で、3826人の捜索要員、医療スタッフ904人、捜索犬18頭、建設機材・機械651台(うち救急車146台、7台のドクターヘリ、発電機46台、プロジェクター77台、簡易トイレ95個、移動キッチン37台、キッチンセット3051台、触媒ストーブ6359台、移動式オーブン1台)が送られた。
トルコ赤新月社がテント25,185張りを送り分配された。集合シェルターテント10張り、プレハブ住宅60軒、メブラーナ仮設住宅90軒も組み立てられた。ブランケット109,986枚、上掛け1,150枚、寝袋5,109巻。また1日3度温かい食事が提供された。また、30のフィールドテントが張られ、公共サービスや心理的なトラウマ対策支援が行われた[8]。
世界の反応
EUとNATOは哀悼の意を述べ、トルコへの支援を申し出た[9]。 北キプロス・トルコ共和国も弔辞を送った[10]。アルメニア大統領セルジ・サルキシャンはギュル大統領に弔辞を送り即時支援を申し出た[11]。
アルメニア[12]、アゼルバイジャン[13]、ブルガリア、中国[14]、デンマーク[15]、グルジア、ドイツ[16]、ギリシャ、ハンガリー、イラン[17]、アイルランド[18]、イスラエル[19]、日本、コソボ、ニュージーランド、パキスタン[20]、ポーランド、大韓民国、スウェーデン、スイス、台湾、ウクライナ、イギリス、アメリカも地震後トルコ支援を申し出た[21][22]。アメリカのバラク・オバマ大統領は声明の中で「私たちは難しい時を迎えた盟友トルコと共にいて、トルコ当局を支援する」と述べた[23]。