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トンスル

人糞を使った朝鮮半島の薬用酒 From Wikipedia, the free encyclopedia

トンスル(朝: 똥술、英: Ttongsul)は、朝鮮半島に伝わる、人糞を原料の一つとする民間療法・薬用酒の俗称である。ただし「トンスル」という名称自体は、後述する朝鮮の伝統医学書に直接記載されているものではなく、同書中では「人中黄(인중황)」などの名で薬材として分類されている[1]。その原型となった処方が、後世に「トンスル」という俗称で呼ばれるようになったとみられる。この俗称がどの程度広く実践されていたかを裏付ける学術的な記録は乏しい。 現代の日本のインターネット上では「韓国人が現在も日常的に飲んでいる酒」として言及されることがあるが、この理解は誇張・歪曲を含んでおり、信頼できる根拠に乏しい[2]。

歴史的記録

野人乾水(破棺湯)

朝鮮王朝の公式記録である『朝鮮王朝実録』中宗実録には、第11代国王・中宗が晩年に重い熱病を患った際、「破棺湯」(別名「野人乾水(야인건수)」)という薬を、死去の前日までに8回服用したという記述がある[3][4]。これは、野に放置され乾燥した人糞を火で炒り、水に浸して抽出した液体を指す[3]。

この処方は「傷寒発狂」と呼ばれる重篤な症状(現代でいう腸チフス等に伴う意識障害を含む病態)に用いられる薬とされ、朝鮮の宮中医官(大長今の名で知られる)が中宗に提案したという逸話が伝わっている[4][5]。人糞を乾燥させ粉末にしたものは「野人乾(야인건)」、それを煎じたものは「野人乾水」と呼ばれた[3]。

東医宝鑑における「人中黄」

李氏朝鮮時代の医書『東医宝鑑』(許浚著、1613年刊)[6]には、「人中黄」という処方が記載されている。これは竹筒を糞尿に浸けて抽出した液体、または甘草の粉末を人糞に混ぜたものを指し、性質は「冷」であり、流行性の熱病、各種の中毒、悪性の腫れ物や菌毒の治療に用いるとされる[7]。

また、同書には人糞そのものを指す「人屎(인시)」という単独の処方も別途記載されており、傷寒発熱(急性の熱病)、骨蒸(慢性的な微熱を伴う消耗性の症状)、伝染病による高熱・意識障害、発背や釘瘡(悪性の腫れ物)など、人中黄とは異なる複数の症状に個別に用いられていた[8]。

なお、「東医宝鑑にトンスルという名称そのものが記載されている」とする言説がインターネット上に見られるが、これは正確ではない。 実際に同書に記載されている糞便由来の処方は、「人屎(인시)」「人中黄(인중황)」「人中黄丸」「人中白」などの名称であり[9]、똥술という呼称自体の初出は特定されていない。

一部の資料は、東医宝鑑に「鳥肉や獣肉による食中毒には人糞汁、毒キノコ中毒には人糞一升」という記述があるとするが、この情報の出典は学術文献ではなく新聞コラム記事にとどまっており、原文における該当箇所は現時点では確認されていない[10]。

日本・中国における同種の処方

排泄物を原料とする生薬は朝鮮半島に限らず、中国・日本を含む東アジア全域で伝統的に用いられてきた。日本でも「人中黄」は江戸時代の医学書『用薬須知』(6巻「人ノ部」)に同名で記載され、甘草の粉末を人糞に混ぜて作成する同様の製法が伝わっている[11][12]。 『救民妙薬』(徳川光圀の命により編纂)には、「河豚の毒を解す妙薬」の項に人糞を用いる方法が記されているほか、馬糞を傷の治療や鉄砲傷の治療に用いた記録も残る[13][14]。

名称が類似する「筒酒(통술)」について

똥술とは別に、韓国には「筒酒(통술)」という酒が実在する。生きた竹筒の中で酒を熟成させる、糞尿とは一切関係のない酒であり、韓国特許庁にも製造方法が実用新案として登録されている[15]。

똥술(ttongsul)と통술(tongsul)は、韓国語では語頭の子音が異なり発音上は区別されるが、日本語のカタカナ表記にするとどちらも「トンスル」となり、区別がつかなくなる。竹筒を用いるという製法上の共通点もあることから、日本語話者の間でこの2つが混同されやすい素地があるのではないか、という指摘がある。ただし、똥술という名称自体が筒酒との混同から発生した、あるいは筒酒を意図的に利用して作られた、と直接示す資料は確認されていない。この点はあくまで、名称の類似性から生じうる仮説にとどまる[要出典]。

現代における言説とその検証

日本国内での紹介記事(2009年・2012年)

2009年、ウェブメディア「ロケットニュース24」が、韓国に嫁いだ日本人女性のブログを引用する形でトンスルを紹介し、「特に韓国の田舎では愛飲されているようである」と報じた[16]。2012年には同メディアが、匿名の販売者から現物を購入したとする記事を掲載し、現在も製造・販売されていると報じた[17]。これらの報道は、いずれも第三者による検証を経ていない一次的な自己申告に基づくものである。

VICE Japanの取材(2013年)

2013年8月、VICE Japanは記者が「李昌洙」と名乗る人物を取材し、その場で作られたトンスルを飲用する様子を撮影・配信した[18]。この人物が正式な資格を持つ韓医師であるかどうかを裏付ける独立した資料は確認されていない。

同映像については、韓国国内のメディアから「事実確認が不十分」「侮辱的」であるとの批判が寄せられており、映像に登場した韓国の若年層も똥술について認知していない様子が記録されている[2]。同月、英デイリー・メール、中国の環球時報・広州日報がこの映像を引用する形で報道したが、いずれも独自取材ではなく、VICE Japanの内容を転載したものである[19]。

大衆文化における言及

2017年放送の韓国ドラマ『力の強い女ト・ボンスン』では、登場人物がトンスルを見舞いの品として持参する場面が描かれている[20]。これは同ドラマ内でのコミカルな演出であり、現実における飲用の実態を裏付けるものではない。

2020年、スウェーデンの「嫌悪食博覧会(Disgusting Food Museum)」にトンスルが展示されたことが、AFP通信をはじめ複数の国際メディアで報じられた[21][22]。同博物館は、これを「伝統的な韓医学」として紹介する一方、現代の韓国においてはほとんど製造されておらず、一般には知られていないと説明している[23]。

日本での言及が広まった時期

日本国内における「トンスル」への言及は、2000年代半ば頃から、当時の電子掲示板(2ちゃんねる、現・5ちゃんねる)を中心に見られるようになったとされ、明確に遡れる一次的な発信源は特定されていない。2009年・2012年のロケットニュース24、2013年のVICE Japanの報道は、いずれもこの掲示板発の言説が既に一定程度広まった後に、それを後追いする形で取り上げたものである。

社会的影響

「トンスル」をめぐる言説は、単なる都市伝説にとどまらず、在日コリアンに対する差別発言としても用いられてきた。国際人権NGO「ヒューマンライツ・ナウ」が2014年に実施した在日コリアンへのヘイトスピーチ被害実態調査では、実際に投げつけられた罵倒表現の一つとして「糞酒(トンスル、民間療法)」という語が、「このキムチ野郎」「反日売国奴」などとともに記録されている[24]。同調査では、こうした不特定多数に向けられたヘイトスピーチが、個々の在日コリアンの人権・尊厳を侵害し、恐怖心を伴う形で日常生活に影響を及ぼしている実態が指摘されている[25]。

また、トンスルに関する言説が拡散した基盤となったインターネット掲示板文化についての学術的分析も存在する。「2ちゃんねる」(現・5ちゃんねる)における嫌韓言説を扱った研究では、「在日特権」をめぐる言説と同様に、事実に基づかない物語が拡大再生産されることで嫌韓感情が煽られる構造が指摘されている(査読済み論文)[26]。

評価

以上を整理すると、次の2点は区別して理解する必要がある。

  1. 歴史的事実として確認できる部分:朝鮮王朝実録に記録された「野人乾水(破棺湯)」、および東医宝鑑に記録された「人中黄」という、排泄物を原料とする伝統医薬が存在したこと。これは同時代の日本・中国にも同様の処方が存在した、東アジア共通の伝統医学の一部である。
  2. 検証が不十分な現代の言説:「現代の韓国人が今も똥술を日常的に飲んでいる」という主張は、2009年から2013年にかけての日本のウェブメディア(ロケットニュース24)および海外メディア(VICE Japan)の限定的な取材のみを根拠としており、韓国国内のメディアからは事実確認の不足が指摘されている。この言説は、ナムウィキ等の韓国語資料によれば、日本国内の嫌韓的なインターネットコミュニティを発信源として拡散した経緯があるとされる。

脚注

参考文献

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