トンド
マニラの位置する地区
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トンド(英語:Tondo、中国語:東都、湯都)とは、フィリピンの首都マニラの北西部に位置する地区である。パシッグ川の河口のすぐ北側にあり、世界で有数の人口密集地帯として知られる。面積は8.65km²で、637,942人(2024年)もの人々が住んでおり、人口密度は73,800人/km²にもなる。川をはさんだ向かいにはマニラを代表する歴史的景観地区であるイントラムロスがある。

貧困地域として世界的に有名であり、市内のスラムの多くがこの地区に存在する。スモーキー・マウンテンの名で知られるごみの最終処分場もこの地区に存在していた。
また、13代大統領ジョセフ・エストラーダ、歌手であり女優のレジーン・ヴェラスケス、秘密組織カティプナンのリーダーアンドレス・ボニファシオの出生地でもある。
歴史
トンドの地名は、西暦900年のラグナ銅版碑文に見える地名 ‘‘Tundun’’ と関連づけられる。同碑文は、カウィ文字系の文字で銅板に記された文書で、サカ暦822年(西暦900年)の日付を含む。Antoon Postma による翻訳・注釈では、’‘Tundun’’ は碑文中の地名の一つとして扱われている。[1] [2]
なお、中国人移民により[要出典]トンド王国(ルソン国、呂宋国)が建てられ、その都として「東都」(トンド)が建設されたする伝承がある。伝承では1279年の崖山の戦いで元に敗れた宋の落人が建国したという。しかし、古い中国文献ではトンドを湯都と表記するものが多く謬説と考えられる。
16世紀には、パシッグ川の南岸、現在のイントラムロス周辺にマニラ(Maynila)の集落・政体が存在し、トンドとは川を挟んで向かい合う位置にあった。スペイン側記録では、トンドはマニラ市の川向こうに位置する集落として記録されており、マニラ川沿いの諸集落とともにアルカルデ・マヨールの管轄下に置かれた。Miguel de Loarca の1582年の記録は、マニラ湾周辺の住民について、ブルネイの人々からイスラムの教えを受けたモロであったと述べている。
1571年、スペイン人がルソン国を征服し、トンドはパンパンガ州の中心となり、後にトンド州となった。1896年にはスペインに対する『1896年革命』の中心となった。アメリカ支配下でトンド州は廃止され、さらにマニラ市の一部となった。