ドナシャン・ノノット

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ドナ・ノノットまたはドナシャン・ノノット(Donat NonnotteまたはDonatien Nonnotte,1708年2月10日 - 1785年2月5日)はフランス画家である。おもに肖像画を描いた。

フランス東部、ブザンソンの旧家に生まれた[1]。弟にヴォルテールと論争したことで知られる神学者、クロード=アドリアン・ノノット(Claude-Adrien Nonnotte: 1711-1793)がいる。幼いころから美術家を目指し、地元の画家に学んだ後、パリに出て、1836年に王室の筆頭画家(premier peintre du Roi)になるフランソワ・ルモワーヌ(François Lemoyne: 1688–1737)の工房に1728年に入った。

ルモワーヌの弟子のなかで、技量を認められルモワーヌの助手として、サン=シュルピス教会の礼拝堂(chapelle de la Vierge)や宮殿の壁画の仕事をした[2]。歴史画も描くようになり、アンタン公爵(duc d’Antin )の援助もうけるようになったが、1736年に公爵が死去し、1737年に師のルモワーヌも死去したため、後援者を失うことになった[1]。1737年に裕福な年上の未亡人と結婚した。肖像画家として働き、パリの展覧会に出展した。

1754年にリヨン市の公式画家に任じられ、リヨンに移った。リヨンで亡くなるまで活動し、無料の美術学校を開き、ジャン=フランソワ・コルソン(Jean-François Colson: 1733-1803)やフランソワ=ユベール・ドルーエ(François-Hubert Drouais: 1727-1775)らを教えた[1]

作品

脚注

参考文献

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