ドマニシ
From Wikipedia, the free encyclopedia
ドマニシ დმანისი | |
|---|---|
|
ドマニシ市営公園 | |
| 国 |
|
| 州 | クヴェモ・カルトリ州 |
| 地区 | ドマニシ地区 |
| 標高 | 1,250 m |
| 人口 (2014)[1] | |
| • 合計 | 2,661人 |
| 等時帯 | UTC+4 (ジョージア時間) |
北緯41度19分56秒 東経44度12分16秒 / 北緯41.3322度 東経44.2044度 | |
ドマニシ(グルジア語: დმანისი、グルジア語ラテン翻字: Dmanisi)とは、ジョージアのクヴェモ・カルトリ州にある集落であり、考古学的遺跡としてよく知られている。同国の首都であるトビリシから93kmほど南西のマシャヴェラ河谷に位置する。アフリカ以外で見られるものとしては最古の人類遺跡[2][3]であり、その年代は現在からおおよそ181万年前に遡る。またドマニシ原人とも呼ばれる化石人骨の出土遺跡としても知られる。
ドマニシの地には初期青銅器時代から集落の存在が推定されているが、実際に街の存在が文書中に確認出来るのは9世紀の、アラブによる支配期からである。また7世紀のイスラーム支配以前においてジョージアではキリスト教が広く浸透しており、6世紀ドマニシにはキリスト教正教会の大聖堂、「ドマニシス=シオニ」(ドマニシのシオン。ジョージアの大聖堂には聖地の名前が付けられることが多い)が建設されたことが知られている。ドマニシは物品・文化交流の結節点にあり重要な意味を持っていたといえ、中世にはジョージアの中でも有数の商業都市として栄えることとなった。11世紀末にはセルジューク朝によって一時征服されたものの、1123年から1125年の間にはダヴィト4世によって奪還された。しかし14世紀にはティムールの軍勢が、そして1486年にはトルクメン人が来襲して街を破壊したため、それから18世紀までは、ほとんど人の住んでいない寒村であったとされている。ドマニシの城は、ジョージアの名家であるオルベリアニ家が支配していた。

