ドメニコ・アルベルティ
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アルベルティはヴェネツィア出身で、声楽をアントニオ・ビッフィ、作曲をアントニオ・ロッティに師事した[1][2]。アマチュア(dilettante)を自称していたが、歌手およびチェンバロ奏者としての名声は高かった[1]。
ヴェネツィア共和国の大使ピエトロ・アンドレア・カッペッロに随行してスペインのマドリードに行き、1736年にその歌を聞いたファリネッリが賛嘆したという逸話がある[1][2]。
1737年にモリナーリ侯爵に随行してローマに移った[1][2]。彼のチェンバロ・ソナタはこの時期に書かれたと考えられている[2]。ギターかリュートで自ら伴奏しながら歌いつつローマの街を歩くことを好んでいたという[1]。
主な作品
アルベルティは鍵盤楽器作品によって歴史に名を遺した。主要な作品はソナタで、36曲があったがその一部は散佚した[1]。
1748年にロンドンのウォルシュから8曲からなるチェンバロ・ソナタ集(作品1)が出版された。いずれも2楽章構成で、各楽章は二部形式をとっている。アルベルティはこれらの鍵盤楽曲において、アルベルティ・バスの名称の由来となった、分散和音を多用する左手の伴奏書法を頻繁に用いている。
作品1の8曲以外はほとんど演奏される機会がなかったが、2015年にBrilliant Classicsからマヌエル・トマディンの演奏による鍵盤楽器曲全集の録音(CD4枚組)が発売された[3]。
アルベルティは生前は歌手として知られ、メタスタジオのテクストによるセレナータ2曲(エンディミオーネ、ガラテア)、サルヴェ・レジーナ、多数の歌曲を書いたが、これらの声楽曲についてはほとんど注目されていない[2]。