ドロホイ
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ドロホイ | ||
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自治体 | ||
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| 北緯47度57分35秒 東経26度23分59秒 / 北緯47.95972度 東経26.39972度座標: 北緯47度57分35秒 東経26度23分59秒 / 北緯47.95972度 東経26.39972度 | ||
| 国 |
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| 県 | ボトシャニ県 | |
| 地位 | 自治体 | |
| 政府 | ||
| • 市長 | ドリン・アレクサンドレスク (社会民主党) | |
| 面積 | ||
| • 合計 | 60.39 km2 | |
| 人口 (2002年) | ||
| • 合計 | 31,073人 | |
| 等時帯 | UTC+2 (EET) | |
| • 夏時間 | UTC+3 (EEST) | |
| ウェブサイト | http://www.primariadorohoi.ro | |
ドロホイ(ルーマニア語: Dorohoi)は、ルーマニアのボトシャニ県に属する都市。ジジャ川の右岸にある。
モルダヴィア北部の高地で産出される木材や農産物の市場があり、毎年6月12日には近隣諸国からも商人が集う大規模な市が開かれる。1408年にモルダヴィアのアレクサンドル・チェル・ブンとポーランド・ハンガリー王との間で条約が締結された地として初めて歴史上に登場する。このことは、モルダヴィアに国家が建設される以前からドロホイが商業の中心地であったことをにおわせる。
ルーマニア王国下ではドロホイ県の県都となったが、ソビエト連邦に占領されるとただの自治体になった。1940年7月1日に、地元のユダヤ人に対する怒りから、ルーマニア軍の部隊がポグロム(ユダヤ人虐殺事件)を起こした。当時のルーマニアでは反ユダヤ法やユダヤ人の財産の没収など、反ユダヤ主義の強い世相であったが、ルーマニア政府はこの事件を是認しなかった。問題が明らかになると、ポグロムを鎮めるために軍隊が派遣された。
モルドヴァ公シュテファン3世が建てた教会が残る。