ナショナル・ミニマム
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ナショナル・ミニマムという概念は、イギリスのウェッブ夫妻が、著書『産業民主制論』(1897年)においてはじめて提唱した。ウェッブは同書において、「労働者に、生産者や市民と同等の、必要な生活水準を保証する」という意味で「ナショナル・ミニマム」の語を使用し、その具体的内容は「最低賃金」,「労働時間の上限」,「衛生・安全基準」,「義務教育」の4項目からなるとした。生存権概念の先駆としても重要であるが,もともとは貧困者への人的資本投資による経済成長政策であり,19世紀末のイギリス経済衰退への処方箋でもあった。同概念は,イギリスのケンブリッジ学派のA.C.ピグーによる『厚生経済学』(1920年)最終章にも継承された。
イギリスの経済学者ライオネル・ロビンズは、第二次世界大戦中の1940年に内閣経済部に配属され、戦時経済、食糧供給、雇用の安定などの政策を立案するなか、国民最低限保障(ナショナル・ミニマム)の必要性を主張した[3]。その後、1942年のベヴァリッジ報告書ではナショナル・ミニマムを達成するため、ミーンズテストに基づく公的扶助制度および社会保険を設けるとした[4]。