ナン・シェパード

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生誕 スコットランドの旗 スコットランド アバディーンシャー州カルツ近郊
死没 スコットランドの旗 スコットランド アバディーン、ウッドエンド病院
民族 スコットランド人
ナン・シェパード
Nan Shepherd
生誕 スコットランドの旗 スコットランド アバディーンシャー州カルツ近郊
死没 スコットランドの旗 スコットランド アバディーン、ウッドエンド病院
国籍 イギリスの旗 イギリス
民族 スコットランド人
職業 小説家・詩人・教育者
活動期間 1928年 – 1977年
配偶者 なし(生涯未婚)
子供 なし
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ナン・シェパード(Nan Shepherd、本名 Anna Shepherd、1893年2月11日 – 1981年2月27日)は、スコットランドのモダニスト作家・詩人。 ネイチャーライティング作家。

スコットランド北東部を舞台にした3篇の小説と1冊の詩集、そしてケアンゴームズ山脈での山歩きの体験に基づくノンフィクション『リヴィング・マウンテン』(The Living Mountain)を著した[1]

生涯の大半をアバディーン・カレッジ・オブ・エデュケーションの英語講師として過ごし、指導者・文学者として広く尊敬を集めた。『リヴィング・マウンテン』はネイチャー・ライターロバート・マクファーレンリチャード・メイビーに多大な影響を与えた作品として知られ、2016年にはスコットランド王立銀行(RBS)の5ポンド紙幣の肖像に採用された[2]

生い立ちと教育

ナン・シェパードは1893年2月11日、スコットランド北東部アバディーン近郊のカルツ(Cults)にある家・ウェスタートン・コテージに生まれた。父ジョン・シェパードは土木技師、母ジェーン(旧姓ケリー)はアバディーンの中産階級の家庭の出身であった[3]。生後まもなく一家は同じカルツの「ダンヴェガン」と名付けられた邸宅に転居し、シェパードはその後の生涯のほぼ全期間をここで過ごした[4]

カルツの小学校とアバディーン・ハイスクール・フォー・ガールズを経て、1912年にアバディーン大学に入学。女性の入学が解禁されてから間もない時期のことであった。在学中から学生誌『アルマ・マーター(Alma Mater)』に詩を寄稿し、編集にも携わった[5]。1915年に文学修士(MA)を取得して卒業した。

教育者としての生涯

卒業後、シェパードはアバディーン教員養成センター(のちのアバディーン・カレッジ・オブ・エデュケーション)に職を得た。1919年に同機関の英語講師に昇格し、1956年の退職まで37年間にわたって英語文学を教え続けた[6]。講義は注釈なしのスタイルで、学生たちから「魔法のような教え方をする先生」と評され、フェミニズム的な視点を持ち込んだ文学講義は当時としては先進的であった[7]

退職後は1957年から1963年まで『アバディーン大学レビュー(Aberdeen University Review)』の編集長を務め、ヒュー・マクダイアミッド(Hugh MacDiarmid)らスコットランドの詩人に関する論考を多数発表した。1964年にはアバディーン大学から名誉博士号を授与された[8]

私生活と晩年

シェパードは生涯独身であった。第一次世界大戦による多大な死者が、同世代の男性人口に大きな打撃を与えたためとされる。20代後半には哲学者ジョン・マクマレー(John Macmurray)との激しい恋愛を経験したが、彼には妻があったため実らなかった。この失意の体験が、のちの告白的詩作、自伝的省察、そしてケアンゴームズ山地への神秘的な傾倒の起点となったとされている[9]

晩年はノルウェー・フランス・イタリア・ギリシャ・南アフリカへの旅行を経験したものの、常にカルツの自宅に戻り続けた。50代半ばには文壇の表舞台から遠ざかったが、ニール・M・ガン(Neil M. Gunn)、マリオン・アンガス(Marion Angus)、ジェシー・ケソン(Jessie Kesson)ら同時代のスコットランド作家を支え続けた[10]。1981年2月27日、アバディーンのウッドエンド病院にて88歳で逝去した。

学術的業績

スコットランド・モダニズムへの貢献

シェパードはスコットランド・モダニズム文学スコティッシュ・ルネサンス)の重要な担い手であった。3篇の小説はいずれもスコットランド北東部の小さな農村共同体を舞台とし、伝統と近代化の相克、とりわけ女性の生き方をめぐる葛藤を鋭く描き出している[11]

自然文学の先駆者

ネイチャーライティング」という用語がまだ一般的でなかった1940年代に執筆された『リヴィング・マウンテン』は、ケアンゴームズの山地をフィールドノート・回想録・哲学的考察が融合した独自の文体で描き出した。当初は出版のめどが立たず、原稿は数十年にわたって引き出しの中に眠っていたが、1977年にアバディーン大学出版局より出版されると、即座に傑作と称された[12]。後年ロバート・マクファーレンが序文を添えて再版されると、現代のエコロジー世代の読者に広く受け入れられた。

主な著作

小説

  1. The Quarry Wood、Constable、1928
    大学進学を目指すスコットランド農村の若い女性マーサ・アイアンサイドの物語。ルイス・グラシック・ギボン(Lewis Grassic Gibbon)の『サンセット・ソング(Sunset Song)』と並び称される早期スコティッシュ・モダニズムの代表作[13]
  2. The Weatherhouse、Constable、1930
    第一次世界大戦を背景に、スコットランド農村の小さな共同体における複雑な人間関係を描く。シェパードの最も野心的な作品とされる[14]
  3. A Pass in the Grampians、Constable、1933
    農村共同体を離れ都市へ旅立つ少女の物語。シェパードの3作中最もモダニズム的手法を用いている[15]

詩集

  1. In the Cairngorms、Moray Press、1934
    ケアンゴームズの山地への深い愛情を詠んだ詩集。スコットランド語(Scots)を用いた詩も含まれる。2015年にロバート・マクファーレンの序文を附して再版[16]

ノンフィクション

  1. The Living Mountain: A Celebration of the Cairngorm Mountains of Scotland、Aberdeen University Press、1977
    1940年代に執筆されたものの出版が遅れ、晩年に刊行された。ケアンゴームズの地形・植物・動物・気象・水・岩石などを詩的な散文で描写し、山と人間の存在論的な関わりを問う哲学的作品でもある。英字紙『ガーディアン』は「英国の自然・景観について書かれた書物のなかで最も優れた一冊」と評した[17]

アンソロジー・書簡集

  1. The Grampian Quartet、Canongate Classics、1996
    3篇の小説と『リヴィング・マウンテン』を一冊にまとめた合本版[18]
  2. Wild Geese: A Collection of Nan Shepherd's Writing、Charlotte Peacock 編、Galileo Publishers、2019
    雑誌・学術誌への寄稿文や未発表詩を収録したアンソロジー[19]

受賞・栄誉

  • 1964年:アバディーン大学より名誉博士号授与[20]
  • 2000年:エディンバラのメイカーズ・コート(Makars' Court)にシェパードを記念する石板が設置される。刻まれた言葉は「It's a grand thing to get leave to live(生きることを許されるのは、まことに素晴らしいことだ)」[21]
  • 2016年:王立銀行オブ・スコットランド(RBS)の5ポンドポリマー紙幣の肖像に採用される。スコットランドの紙幣に肖像が用いられた女性作家としては初めてのケース[22]
  • 2017年:カルツの旧居「ダンヴェガン」の外壁に記念プレートが設置される
  • 2019年:ネイチャー・ライティングの新人作家を支援する「ナン・シェパード賞(Nan Shepherd Prize)」が創設される。隔年で授賞され、受賞者にはCanongate Booksとの出版契約、編集メンタリング、1万ポンドの前払い金が贈られる[23]

思想・考え方

シェパードには、山という存在を「征服する対象」ではなく「共に在る友」として捉える視点がある。彼女は「山頂を目指すことだけが山の登り方ではない(To aim for the highest point is not the only way to climb a mountain)」という言葉を残している。山の内部へと分け入ること――すなわち、山頂へ「登る」のではなく、山の奥深くへ「入る」こと――が真の山の知へとつながると彼女は考えた[24]

この思想は仏教の巡礼概念とも深く共鳴する。シェパードは『リヴィング・マウンテン』の終章で、仏教徒が霊峰へ巡礼するのと同様に、山への旅は「存在の旅(journey into Being)」であると書いている。山に深く分け入ることで、自分自身の内なる存在へと近づく――これがシェパードの根本的な哲学であった[25]

また、シェパードの認識論においては、知識と神秘は対立するものではなく相互補完するものである。「知ることとは神秘の共犯者であり、その敵対者ではない(Knowledge is mystery's accomplice rather than its antagonist)」という言葉がそれを端的に示している[26]。さらに、感覚器官と身体全体で自然を感受することを重視し、肉体は「消え去るべきもの」ではなく「充足されるべきもの(Flesh is not annihilated but fulfilled)」として位置づけた[27]

ロバート・マクファーレンはケンブリッジ大学のインタビューで、シェパードを「哲学的にも文体的にも際だって非凡な存在であり、私たちはいつもようやく彼女に追いつこうとしている段階にある」と評している[28]

発言

脚注

外部リンク

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