ナーエ谷線

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路線記号 3511
路線番号 672.2, 680
開業 1852年11月
全通 1860年5月26日
ナーエ谷線
基本情報
路線記号 3511
路線番号 672.2, 680
開業 1852年11月
全通 1860年5月26日
運営者 ドイツ鉄道、vlexx
路線諸元
路線距離 142 km
軌間 1435 mm(標準軌
線路数 複線
複線区間 全線
電化区間 ノイブリュッケ - ザールブリュッケン
電化方式 15 kV 16.7 Hz(交流
最大勾配 24 ‰
最小曲線半径 222 m
保安装置 PZB
最高速度 160 km/h
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停車場・施設・接続路線
STR
ライン川左岸線
BHF
0.0 ビンゲン (ライン) 中央駅
ABZgl
ビンゲン - マインツ線
SBRÜCKE
国道B9
HST
2.7 ミュンスター=ザルムスハイム
eABZg+l
旧ヒンデンブルク鉄道橋方面
SKRZ-Au
自動車道A61
HST
5.9 ラウベンハイム(ナーエ)
SBRÜCKE
国道B48
BHF
8.0 ランゲンロンスハイム
ABZgr
ランゲンロンスハイム - ヘルメスケル線
SBRÜCKE
国道B48
HST
11.5 ブレッツェンハイム(ナーエ)
SBRÜCKE
国道B41
DST
14.6 バートクロイツナッハ貨物駅
hKRZWae
ナーエ川
BS2+l
ガウアルゲスハイム - バートクロイツナッハ線
BHF BHF
16.1 バートクロイツナッハ
BS2l BS2r
eBHF
クロイツナッハ温泉旧駅
hKRZWae
ナーエ川
BHF
20.1 バートミュンスター・アム・シュタイン
ABZgl
アルゼンツ谷線
SBRÜCKE
国道B48
eABZgl
旧グラン谷線
TUNNEL1
大ノルハイムトンネル(235 m)
TUNNEL2
小ノルハイムトンネル(76 m)
HST
23.3 ノルハイム
eHST
25.9 ニーダーハウゼン(ナーエ)旧駅
eHST
31.2 ヴァルトボェケルハイム旧駅
TUNNEL1
ボーストンネル(424 m)
eABZg+l
旧オーデルンハイム線(軌道自転車用)
BHF
35.3 シュタウデルンハイム 134 m
BHF
38.4 バートゾーベルンハイム
HST
42.7 モンチンゲン
HST(L)
46.6 マルティンシュタイン東停車場
HST(R)
47.0 マルティンシュタイン西停車場
eBHF
マルティンシュタイン旧駅
WBRÜCKE1
ケレン小川
STRu
国道B41
HST
49.2 ホッホシュテッテン
SBRÜCKE
国道B41
SBRÜCKE
国道B41
BHF
53.0 キルン 189 m
HST
56.5 キルンズルツバッハ
hKRZWae
ナーエ川
BHF
60.5 フィシュバッハ=ヴァイアーバッハ
SBRÜCKE
国道B41
eHST
63.8 ナーボレンバッハ旧駅
hKRZWae
ナーエ川
TUNNEL1
落岩トンネル(201 m)
hKRZWae
ナーエ川
BHF
67.9 イダー=オーバーシュタイン 264 m
TUNNEL1
ホーメリヒトンネル(388 m)
TUNNEL1
エンツヴァイラートンネル(466 m)
eBHF
70.2 エンツヴァイラー旧駅
WBRÜCKE1
ナーエ川
TUNNEL1
ハンマーシュタイントンネル(60 m)
WBRÜCKE1
ナーエ川
eHST
73.5 ゾンネンベルク(ナーエ)旧駅
TUNNEL1
フラウエンベルクトンネル(407 m)
hKRZWae
ナーエ川
hKRZWae
ナーエ川
BHF
75.3 クロンヴァイラー
hKRZWae
ナーエ川
TUNNEL1
クプファーヘックトンネル(211 m)
hKRZWae
ナーエ川
hKRZWae
ナーエ川
TUNNEL1
ボックシュピールトンネル(120 m)
HST
77.7 ノーエン
hKRZWae
ナーエ川
TUNNEL1
ブレーメリヒトンネル(209 m)
WBRÜCKE1
ナーエ川
hKRZWae
ナーエ川
BHF
80.7 ハイムバッハ(ナーエ)
ABZgl
ハイムバッハ - バウムホルダー線
TUNNEL1
イェーロットトンネル(125 m)
WBRÜCKE1
ナーエ川
TUNNEL1
マウゼミューレトンネル(145 m)
WBRÜCKE1
ナーエ川
HST
83.7 ホプシュテッテン(ナーエ)
eABZg+r
旧ビルケンフェルト線
BHF
85.7 ノイブリュッケ(ナーエ)
hKRZWae+GRZq
ラインラント=プファルツ州 / ザールラント州↓、ナーエ川
SKRZ-Au
自動車道A62
WBRÜCKE1
ナーエ川
STRo
国道B41
HST
89.5 ノーフェルデン
WBRÜCKE1
ナーエ川
eABZg+l
旧テュルキスミューレ - クーゼル線
BHF
91.8 テュルキスミューレ 364 m
eABZgr
旧ホッホヴァルト線
HST
94.6 ヴァールハウゼン(ザール)
GIPl
384.4 m
HST
98.6 ナンボルン
STRo
国道B41
HST
100.9 ホーフェルト
HST
103.0 バルタースヴァイラー
WBRÜCKE1
Todbach
eABZg+r
旧トーライ - ザンクト・ヴェンデル線
BHF
106.3 ザンクト・ヴェンデル
hKRZWae
ブリース川
HST
108.1 オーバーリンクスヴァイラー
WBRÜCKE1
ブリース川
WBRÜCKE1
ブリース川
HST
111.2 ニーダーリンクスヴァイラー
WBRÜCKE1
ブリース川
WBRÜCKE1
ブリース川
ABZg+l
オスター谷線(保存鉄道)
BHF
114.8 オットヴァイラー(ザール)
hKRZWae
ブリース川、国道B420
WBRÜCKE1
ブリース川
WBRÜCKE1
ブリース川
TUNNEL1
ヴィーベルスキルヒェントンネル(313 m)
HST
118.5 ヴィーベルスキルヒェン
BS2+l
ノインキルヒェン - ルートヴィヒスハーフェン線
BHF BHF
120.6 ノインキルヒェン(ザール)中央駅 257 m
BS2l BS2r
WBRÜCKE1
ブリース川
ABZgl STR+r
ABZgr exSTR
フィシュバッハ谷線
STR exSTRl
旧ハイニッツ線
STRo
国道B41
eKRZo
旧シフトヴァイラー方面連絡線
BHF
124.9 ランツヴァイラー=レーデン
HST
127.5 ビルトシュトック
eABZgl exSTR+r
1955年移設
TUNNEL1 exTUNNEL1
ビルトシュトックトンネル(現: 341 m、旧: 481 m)
eABZg+l exSTRr
HST
フリードリヒスタール(ザール)中駅
BHF
129.6 フリードリヒスタール(ザール)
SKRZ-Au
自動車道A8
HST
130.8 ズルツバッハアルテンヴァルト
BHF
133.1 ズルツバッハ(ザール)
BHF
136.4 ザールブリュッケンドゥトヴァイラー
HST
138.5 ザールブリュッケンイェーガースフロイデ
BS2+l BS2+r
DST STR
ザールブリュッケン北操車場
BS2+l BS2+lc BS2c4
ABZgl KRZo STR+r
SBRÜCKE SBRÜCKE SBRÜCKE
国道B41
DST STR KDSTe
ザールブリュッケン中操車場
ABZglr KRZu
貨物線
STRl ABZg+lr
S-H線、S-S線
BHF
141.9 ザールブリュッケン中央駅 208 m
STRo
国道B51
ABZgr
FB線、フォルバック線、ザール線
  • 出典: ドイツ鉄道地図[1]

ナーエ谷線ドイツ語: Nahetalbahn)はドイツ連邦共和国ラインラント=プファルツ州ビンゲンザールラント州の中心地ザールブリュッケンを結ぶ鉄道で、およそ100 kmナーエ川に並行している。全線に複線線路が備えられて、ノイブリュッケ - ザールブリュッケン間は電化されている。ビンゲン - ノイブリュッケ区間はライン=ナーエ鉄道会社(Rhein-Nahe-Eisenbahn-Gesellschaft, RNE)により建設された。マインツ - ザールブリュッケン間の快速列車系統はとても重要で、バートクロイツナッハ - ザールブリュッケン間はその運行区間に当たる。

1839年にザール地方ライン川中流地域を結ぶ鉄道建設が計画されたが、高い費用のため実行できなかった[2]。ノインキルヒェン - ザールブリュッケ間はプファルツ・ルートヴィヒ鉄道(Pfälzische Ludwigsbahn)を延長する目的で建設されて、1850年にノインキルヒェンは鉄道で連結された。この幹線鉄道はザール地域の石炭をライン川に輸送するために建設された最初の路線となった。プファルツ地域にはザンクトイングベルトを終点とする方案が考えられたものの、ザールブリュッケン方面の鉄道を自国領土で敷設することを望んだプロイセン王国の圧力で放棄された。その故に、プロイセンはベクスバッハから鉄道を延長して、ホルツハウアータールおよびランツヴァイラー=レーデンの炭鉱を鉄道で連結することを計画した[3]。王立ザールブリュッケン鉄道管理局(Königliche Direction der Saarbrücker Eisenbahn)は1852年11月にベクスバッハ - フランス国境線間を、ノインキルヒェンおよびザールブリュッケンの中間地点で開通した[4]

1856年にRNEが創立されて、目的はザール炭田・ナーエ川・その周辺地域を、ライン鉄道会社区間とヘッセンルトヴィヒ鉄道区間の境界駅ビンゲン橋駅(現在ビンゲン中央駅)と結ぶ鉄道開通であった。建設資金は4 %利子の国家保証で確保されて、プロイセン政府は1856年7月18日契約で鉄道建設を委託して、同年9月4日に建設許可をRNEに与えた[5]。ビンゲン - ノインキルヒェン間の新線はヘッセンホムブルク方伯領および1815年以降オルデンブルク大公国の一部となったビルケンフェルト公国を貫通する予定であった。ビルケンフェルト公国は中心地の経路を希望したがプロイセン区間はナーエ川に並行して建設された。またプファルツはナーエ川から外れたクーゼルに通する経路を考慮した。プロイセンは軍事作戦と交通政策の理由で鉄道経路について合議しようと努めて、オルデンブルクはナーエ川と並行する鉄道の建設方案を受容した。建設工事は1857年に開始されて、1858年7月15日にビンゲン橋駅(現在ビンゲン中央駅) - クロイツナッハ(現在バートクロイツナッハ)間が初めに開通された[6]。ナーエ谷線は1859年12月15日にオーバーシュタイン(現在イダー=オーバーシュタイン)まで延長された。1860年5月26日、オーバーシュタイン - ノインキルヒェン間の開通でザールブリュッケン方面の鉄道が連結された[4]。工事期間に王立鉄道ザールブリュッケン管理局(Königliche Eisenbahndirektion zu Saarbrücken)はビンゲン - ノインキルヒェン間の建設・運営権を引き受けた。この路線は地方の物資補給路となって、ブリース川とナーエ川農業地域に産業を促進した。

RNEのビンゲン - ノインキルヒェン間は多数のトンネル、鉄道橋、路盤、切土のため、建設の難しくて高価な鉄道と表現された。建設費用はマイル(およそ7532メートル)当たり100万ターラー以上に相当してアルベルト・マイバッハ(Albert von Maybach, 1822-1904)が財政の災難だと評するほどであった。ザール産石炭輸送の場合、この路線はプファルツ・ルートヴィヒ鉄道と緊密な競争関係にあった。プロイセン政府はプファルツ北西部の交通にナーエ川と近くにするよう影響することを尽力した。ハイムバッハ-クーゼル間の鉄道はその例として開業された[7]

鉄道開通の後で、会社の収益は期待以下に低くて、温泉街クロイツナッハおよびミュンスター・アム・シュタインのみで旅客列車の乗客が活発に往来した。株式配当金でも利子収入でも利益が発生しなかったので、1866年政府がライン鉄道へ売却する計画は失敗した。しかしこの路線は軍事作戦の分野で重要となって、プロイセン政府により1881年4月1日付きに買収された。1880年4月にビルケンフェルト方面の盲腸線は開通されて、ビルケンフェルト公国の中心地はノイブリュッケ駅から鉄道で連結された。

1901年3月末に二つの電気式信号保安施設はバートミュンスター - キルン間に設置された[8]。軍事戦略の目的で1902年4月にガウアルゲスハイム - クロイツバッハ間は開通されて、クロイツバッハ駅舎と施設物は新たに設置された。旧駅は貨物駅として活用されている。

1914年2月10日に新型の灯列式遠方信号機(Vorsignal)はビンゲン橋駅 - ミュンスター間に設置された[9]。1915年にラウベンハイム - リューデスハイム線は1945年に破壊されたヒンデンブルク鉄道橋と共にナーエ谷線と連結された。1918年1月16日にホッホシュテッテン - キルン間の路盤があらしのためナーエ川により流れて崩れた。観光客向けの列車はその区間を通過した時に脱線して、機関車・貨物車・客車3両が川へ落下した。この事故で38人が死亡して25人が負傷を負った[10]

ビルトシュトックトンネルの下には炭鉱の安全支柱が設置されて、坑道破損の危険性もあったので、新しいトンネル建設は必要となった。工事は1953年に始まって、1955年に全長341 mのトンネルが半径600 mの曲線形態で完工した。

バートクロイツナッハ - バートミュンスター間は1957年9月29日より三線複線で改修されて[11]、線路は1963年に再び複線に一つ減少した[12]。1967年頃、電信線は部分的に電話線に置き換えられた[13]。1969年に電気運転はテュルキスミューレ - ザールブリュッケン区間で可能となった。1966年10月25日に女性二人・子供3人は、列車が実際に現在のナーボレンバッハ旧駅寸前に止まったものの、列車が駅に到着したと信じて列車から降りた。被害者全員は向こう側から来た列車に轢かれて死亡した[14]

2007年から2013年までトンネル断面上部の半径を4 mから5 mに拡張する工事が実行されて、イダー=オーバーシュタイン - ノイブリュッケ間に列車は数ヶ月間単線で走行した。2012年夏にビルトシュトックトンネルの補修作業が行われて、快速列車と貨物列車はフィシュバッハタール線を経由して、バスは普通列車の代わりに運行された。2014年夏に電車線はノイブリュッケ - テュルキスミューレ間に設置された。

2014年12月14日にイタリア国鉄系列のvlexx社は快速列車および普通列車系統運営を引き受けた[15]

運行形態

ビンゲン - ノイブリュッケ間の運賃制はラインナーエ運輸連合(Rhein-Nahe-Nahverkehrsverbund, RNN)により運営される[16]。ノーフェルデン - ザールブリュッケン間ではザールラント州運輸連合(Saarländischer Verkehrsverbund, SaarVV)の運賃制が適用されている。

  • 普通列車(RB 33): マインツ - インゲルハイム - バートクロイツナッハ - バートミュンスター - ノルハイム - シュタウデルンハイム - バートゾーベルンハイム - モンチンゲン - マルティンシュタイン - ホッホシュテッテン - キルン - キルンズルツバッハ - フィシュバッハ=ヴァイアーバッハ - イダー=オーバーシュタイン。60分ごとに運行[17]
  • 普通列車(RB 34): イダー=オーバーシュタイン - クロンヴァイラー - ノーエン - ハイムバッハ町駅 - バウムホルダー。60分ごとに運行。
  • 普通列車(RB 65): ビンゲン - ミュンスター=ザルムスハイム - ラウベンハイム - ランゲンロンスハイム - ブレッツェンハイム - バートクロイツナッハ - バートミュンスター - ヴィンヴァイラー - カイザースラウテルン。60分ごとに運行[18]
  • 普通列車(RB 73): ノイブリュッケ - ノーフェルデン - テュルキスミューレ - ヴァールハウゼン - ナンボルン - ホーフェルト - バルタースヴァイラー - ザンクト・ヴェンデル - オーバーリンクスヴァイラー - ニーダーリンクスヴァイラー - オットヴァイラー - ヴィーベルスキルヒェン - ノインキルヒェン - ランツヴァイラー=レーデン - フリードリヒスタール中駅 - フリードリヒスタール - アルテンヴァルト- ズルツバッハ - ドゥトヴァイラー - イェーガースフロイデ - ザールブリュッケン。60分ごとに運行[19]

参考文献

外部リンク

注釈・出典

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