ニコライ・シフェルブラット From Wikipedia, the free encyclopedia 生誕 1886年[1][2]または1887年出身地 ロシア帝国、ヴィリナ死没 (1936-10-14) 1936年10月14日(49歳没) 日本、東京府東京市品川区五反田五丁目[1]ジャンル クラシック音楽ニコライ・シフェルブラット生誕 1886年[1][2]または1887年出身地 ロシア帝国、ヴィリナ死没 (1936-10-14) 1936年10月14日(49歳没) 日本、東京府東京市品川区五反田五丁目[1]ジャンル クラシック音楽職業 ヴァイオリニスト、指揮者担当楽器 ヴァイオリン ニコライ・シフェルブラット(Nicolai Schifferblat, ロシア語: Николай Шиферблат; 1887年 – 1936年10月14日)は、ロシアの指揮者、ヴァイオリン奏者。近衛秀麿とともに、新交響楽団(現在のNHK交響楽団の前身)の指揮者を務めた。 ポータル クラシック音楽 ヴィリニュス(現在はリトアニア共和国の首都)出身。1906年、チフリス(現在はグルジアの首都トビリシ)音楽学校を卒業。その後、ドイツに留学してドレスデンでヘンリ・ペトリ(ドイツ語版)に、帰国後、サンクトペテルブルク音楽院でレオポルト・アウアーにヴァイオリンを師事した。音楽院卒業後、露都ナロードヌイ・ドーム管弦楽団のコンサートマスター、モスクワ交響楽団の独奏者兼コンサートマスターを務めた[1][2]。 1925年に、日本の東京で開催された「日露交歓交響管弦楽大演奏会」にロシア側のメンバーとして参加し、首席コンサートマスターを務めた。なお、後にシフェルブラットの前任者として、新交響楽団の指揮者となるヨゼフ・ケーニヒも、次席コンサートマスターとして参加していた。 帰国後、モスクワ交響楽団の独奏者兼首席ヴァイオリニストに就任した。 1929年7月に新交響楽団(後のNHK交響楽団)の指揮者として招聘され再度来日。ヨゼフ・ケーニヒの後を継いで、1936年7月までその任を務めたが、1936年10月に喘息の発作のため東京五反田の自宅で急死した[1]。 1937年3月には、新交響楽団が、後任のヨーゼフ・ローゼンシュトックの指揮でシフェルブラット追悼演奏会を行った。 脚注 1 2 3 4 音楽年鑑 1941. 1 2 シフェルブラット. コトバンク. 参考文献 大日本音楽協会 編「シフェルブラツト」『音楽年鑑 昭和16年度』共益商社書店、1941年。https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1109457/67。 『王道楽土の交響楽』岩野裕一著、音楽之友社 ISBN 978-4276211247 “シフェルブラット”. ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典. コトバンク. 2020年3月17日閲覧。 鷲見三郎メモリアルソサエティ編纂のニコライ・シフェルブラット関連資料 先代ヨゼフ・ケーニヒ 新交響楽団指揮者1929年 - 1936年 次代ヨーゼフ・ローゼンシュトック Related Articles