ニサ (トルクメニスタン)
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| 英名 | Parthian Fortresses of Nisa | ||
| 仏名 | Forteresses parthes de Nisa | ||
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77.905 ha (緩衝地域 400.3 ha) | ||
| 登録区分 | 文化遺産 | ||
| 登録基準 | (2), (3) | ||
| 登録年 | 2007年 | ||
| 公式サイト | 世界遺産センター | ||
| 使用方法・表示 | |||
ニサはトルクメニスタン南西部、アシガバート郊外に残るパルティア王国時代の都市遺跡である。王の建造物群のあった旧ニサと民衆の居住地区であった新ニサとから構成される2つの遺丘で、いずれも城壁に囲まれ、互いに 1.5 km ほど離れている。これら2つの遺丘は2007年にユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録された。
旧ニサ
ニサは紀元前3世紀頃に成立したパルティア王国(アルサケス朝)初期の首都として機能していた。パルティア王ミトラダテス1世(在位紀元前171年 - 紀元前138年)によってミトラダトケルト(Mithradatkert, ミトラダテスの砦)と改称されたこともあった[1]。
旧ニサは城壁に囲まれた 14 ha ほどの遺丘だが、その中で遺構が集中している地域は北部と中央部に分かれる。北部には王の宝物庫などがあったと推測されており、さまざまな工芸品や陶片などが出土している。陶片に刻まれた文字情報は初期パルティアの稀少な資料である。旧ニサの中央部には巨大建築物群の遺構が残っている[2]。
新ニサ
新ニサは城壁に囲まれた 25 ha ほどの遺丘で、市街地の遺構が残っている。パルティア王国滅亡後も滅ぶことはなく、中世には300年ほど栄えた時期もあった。廃れる契機となったのはモンゴル帝国の西進である[3]。