ネイト・ルイス
アメリカ合衆国のシンガーソングライター(1982 - )
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ナサニエル・ジョセフ・ルイス(Nathaniel Joseph Ruess[6]、発音: [ruːs] ROOSS[7]、1982年2月26日 - )は、アメリカ合衆国のシンガーソングライター[8]。2008年にジャック・アントノフやアンドリュー・ドストとインディー・ポップ・バンドであるFUN.を結成し、リード・シンガーを務める。2002年に結成されたフォーマットのメンバーでもある。
ソロのアーティストとして作品を発表しているほか、他のアーティストの楽曲に多数参加している。2015年にはソングライターの殿堂にてハル・デヴィッド・スターライト賞を受賞した[9]。
経歴
生い立ち
アイオワ州アイオワシティで生まれる[10][11]。叔父のジョン・ルイスはブロードウェイのシンガーであり、ルイスに音楽面での影響を与えた[12]。
幼少期は肺炎を繰り返し起こし、両親はルイスの健康状態を考慮してアリゾナ州グレンデールへの引っ越しを決める[13]。アリゾナにいた頃はパンク・バンドに在籍していたが、2日間の公演の最中に複数の人物から「お前には歌えない」と言われていたほか、ボーカルのレッスンをすすめられていた[14]。高校卒業後は法律事務所に書類係として勤めた[15]。
2002年 - 2008年: フォーマット
2002年2月、友人であるサム・ミーンズとともにフォーマットを結成[16][17][5]。2人はボブ・ホーグをプロデューサーに迎えて録音作業を行い[5]、8月9日に5曲入りのEP『EP』を発売[5][18]。同年にエレクトラ・レコードと契約[19]。
2003年10月21日、デビュー・スタジオ・アルバムとなる『Interventions + Lullabies』を発売[20]。アルバムは2004年初頭の時点で4万枚を売上を記録[5]。2005年4月8日に5曲入りのEP『Snails』[21]、2006年7月11日に2作目のスタジオ・アルバム『Dog Problems』が発売される[22]。
2008年2月4日、公式サイト上でフォーマットの解散を発表[23]。
2008年 - 2015年: FUN.

フォーマットの解散からほどなくして、ルイスはスティール・トレインのジャック・アントノフとアナサロのアンドリュー・ドストに電話をかけ、ニューヨーク行きの片道切符を買いアントノフとドストに会いに向かった。その週の終わりにFUN.を結成[24]。2008年8月20日、FUN.にとって初となるデモ曲「ベンソン・ヘッジス」が公開される[25]。
2009年4月20日、メーリングリスト登録者を対象に「アット・リースト・アイム・ノット・アズ・サッド(アズ・アイ・ユースト・トゥー・ビー)」の無料ダウンロードを提供[26]。同年8月25日にNettwerk Recordsからデビュー・スタジオ・アルバム『エイム・アンド・イグナイト』を発売[27][28]。同作はBillboard 200で最高位71位を記録した[29]。

2010年8月4日、公式サイト上でフュエルド・バイ・ラーメンと契約したことを発表[30]。2012年2月21日に同レーベルから2作目のスタジオ・アルバム『サム・ナイツ 〜蒼い夜〜』を発売[31][32]。アルバムはBillboard 200で初登場3位を記録し[33]、2022年2月までにアメリカ国内で300万枚を売り上げた[34]。アルバムからの先行シングルとして2011年9月20日に発売された[35]「伝説のヤングマン〜ウィー・アー・ヤング〜(feat. ジャネール・モネイ)」は6週連続で第1位を獲得し[36]、2012年11月8日までにアメリカ国内の600万ダウンロードを記録した[37]。
FUN.としての活動と並行し、2012年にはアンソニー・グリーンの「Only Love」[38]、2013年にはP!NKの「ジャスト・ギヴ・ミー・ア・リーズン」[39]に客演するなど、多数のアーティストと共演した。
2015年2月5日、公式サイト上でFUN.の活動休止と各メンバーがソロ活動に専念することを発表[40][41][42]。
2015年 - : ソロ・アーティストとしての活動
2015年2月23日、ソロとして初となるシングル『ナッシング・ウィズアウト・ラヴ』を発売[43]。3月23日、NBCのオーディション番組『ザ・ヴォイス』にゲストアドバイザーとして出演[44]。6月16日にソロ・デビュー・アルバム『グランド・ロマンティック』が発売され[45]、Billboard 200で初登場7位を記録した[46]。アルバムの発売と前後し、5月31日から北アメリカとヨーロッパを巡るツアーを開催し[47]、8月にはサンフランシスコで開催された音楽フェスティバル『アウトサイド・ランズ』に出演した[48]。
2016年1月1日、ジレット・スタジアムで開催された『NHLウィンター・クラシック』で歌唱[49]。同月12日には俳優のパトリック・フィッシュラーを主演に迎えた「テイク・イット・バック」のミュージック・ビデオが公開された[50]。
2018年4月27日に発売されたキース・アーバンのアルバム『Graffiti U』にソングライターの1人として携わり、収録曲「Way Too Long」の作詞作曲をオスカー・ホルターやジュリア・マイケルズとともに手がけた[51][52]。2019年にはP!NKのシングル曲「ウォーク・ミー・ホーム」[53]、2020年にはホールジーのアルバム『マニック』やケシャのアルバム『ハイ・ロード』にソングライターの1人として携わった[54][55]。
2021年11月、NBCのバラエティ番組『サタデー・ナイト・ライブ』に音楽ゲストとして出演したヤング・サグのサポートメンバーの1人として参加[56]。
私生活
2009年から2013年にかけてFUN.のギタリストであるジャック・アントノフの姉でファッションデザイナーであるレイチェル・アントノフと交際していた[57]。ジャックが在籍していたバンドであるスティール・トレインが2007年に発売したアルバム『Trampoline』に収録の「Dakota」では、ルイスとレイチェルの2人がバッキング・ボーカルを担当している[58]。2011年にレイチェルはFUN.の楽曲「伝説のヤングマン〜ウィー・アー・ヤング〜」のミュージック・ビデオに出演している[59]。
2014年3月にはイギリス出身のファッションデザイナーであるシャーロット・ロンソンと交際を開始[60]。2017年初頭に第1子となる男児[61]、2019年3月に第2子となる女児が誕生した[62]。2023年7月には女児を養子に迎えた[63]。
作品
スタジオ・アルバム
シングル
ソロ
フィーチャリング
| タイトル | 年 | 認定 | 初収録アルバム |
|---|---|---|---|
| イッツ・フォー・ザ・ベスト (ストレイライト・ラン feat. ネイト・ルイス) |
2004 | ストレイライト・ラン | |
| Kill Monsters in the Rain (スティール・トレイン feat. ネイト・ルイス) |
2007 | Trampoline | |
| Only Love (アンソニー・グリーン feat. ネイト・ルイス) |
2012 | Beautiful Things | |
| ジャスト・ギヴ・ミー・ア・リーズン (P!NK feat. ネイト・ルイス) |
2013 | トゥルース・アバウト・ラヴ | |
| ヘッドライツ (エミネム feat. ネイト・ルイス)[92] |
ザ・マーシャル・マザーズLP 2 | ||
| Fool Me Too (エミール・ヘイニー feat. ネイト・ルイス) |
2015 | We Fall | |
| サタデー・ナイト (ブライアン・ウィルソン feat. ネイト・ルイス) |
ノー・ピア・プレッシャー | ||
| Hands (Various Artists)[96] |
2016 | アルバム未収録 | |
| アイ・ウォナ・ノウ (フォリナー feat. ネイト・ルイス)[97] |
|||
| My Sacrifice (ザ・ホット・ガイ・バンド feat. ネイト・ルイス)[98] |
2017 | Let's Do Coke in the Bathroom |