ネイト・ロバートソン

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生年月日 (1977-09-03) 1977年9月3日(47歳)
身長
体重
6' 2" =約188 cm
225 lb =約102.1 kg
ネイト・ロバートソン
Nate Robertson
デトロイト・タイガース時代
(2008年4月15日)
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 カンザス州ウィチタ
生年月日 (1977-09-03) 1977年9月3日(47歳)
身長
体重
6' 2" =約188 cm
225 lb =約102.1 kg
選手情報
投球・打席 左投右打
ポジション 投手
プロ入り 1999年 フロリダ・マーリンズドラフト5巡目
初出場 2002年9月7日 ピッツバーグ・パイレーツ
最終出場 2010年9月8日 フロリダ・マーリンズ
年俸 7,000,000ドル(2009年[1]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

ネイト・ダニエル・ロバートソン(Nathan Daniel Robertson、1977年9月3日 - )は、アメリカ合衆国カンザス州ウィチタ出身の元野球選手投手、左投右打。

1995年シカゴ・ホワイトソックスからドラフト35巡目で指名されるが、契約せずにウィチタ州立大学へ進学した。1998年にホワイトソックスからドラフト15巡目で指名されたが、契約に至らなかった。1999年のドラフトでフロリダ・マーリンズから5巡目で指名され入団した。2002年9月7日にメジャーデビューした。

2003年1月11日にトレードでデトロイト・タイガースへ移籍した。2004年には低めへのコントロールを安定させ[2]。チーム最多の12勝を挙げ、新人王の投票で8位にランクインした。

2005年、防御率4.48は前年より改善され、これはリーグ平均(4.64)以下だったが、7勝16敗と負け越した。2006年は防御率3.84と更に改善させ、13勝13敗の成績だった。2007年は9勝13敗と負け越しで、特に6月5日のレンジャーズ戦では6人の打者からアウトを奪えずに降板している。6月7日に腕を痛め15日間故障者リスト入りした[3]

2008年1月16日に3年総額2,115万ドルで契約を延長した[4]。契約1年目の2008年はスライダーの制球に苦しみ、2004年にメジャー定着して以降で最悪のシーズンとなった[5]8月20日の登板終了時点で防御率6.10はメジャーワースト2位、被安打率.318と被長打率.533はメジャーワーストを記録した。球団はロバートソンを先発ではなくリリーフとして起用することとした[6]。この年は32試合に登板し、7勝11敗、防御率6.35だった。自責点はリーグワーストの119点を記録した。

2009年6月27日に左肘を故障し、8月28日に復帰した。この年は28試合に登板し、2勝3敗、防御率5.44だった。

2010年3月30日に金銭トレードで古巣のマーリンズへ移籍した。7月21日にDFAとなり、7月27日に放出された。8月2日にセントルイス・カージナルスとマイナー契約を結んだ。AAA級メンフィス・レッドバーズで6試合に登板し、2勝1敗、防御率9.45だった。8月23日にFAとなり、8月24日にフィラデルフィア・フィリーズとマイナー契約を結んだ。9月6日にメジャー昇格したが、9月9日にDFAとなり、9月15日にFAとなった。

2011年1月20日にシアトル・マリナーズとマイナー契約を結んだ。AAA級タコマ・レイニアーズで18試合に登板し、6勝7敗、防御率7.14だった。11月2日にFAとなった。

2012年2月18日にシカゴ・カブスとマイナー契約を結んだ。AAA級アイオワ・カブスで14試合に登板し、0勝2敗、防御率8.10だった。5月29日に放出された。カブス退団後は独立リーグ・アメリカン・アソシエーションウィチタ・ウィングナッツに入団。3試合に登板し、防御率0.00だった。7月14日にトロント・ブルージェイズとマイナー契約を結んだ。AAA級ラスベガス・フィフティワンズで9試合に登板し、0勝1敗、防御率8.00だった。11月3日にFAとなった。

2013年1月26日にテキサス・レンジャーズとマイナー契約を結んだ。AAA級ラウンドロック・エクスプレスで45試合に登板し、4勝4敗、防御率3.04だった。11月5日にFAとなった。

2014年3月6日に古巣・タイガースとマイナー契約を結んだ。

年度別投手成績

脚注

外部リンク

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