ネリー・コルダ
アメリカのゴルファー (1998-)
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経歴・人物
2015年に女子ジュニアアマチュアゴルフの欧米対抗戦である「ジュニアソルハイムカップ」にアメリカ合衆国チームのメンバーとして参加し[2]、チームの優勝に力を尽くした[3]。
2016年にプロへ転向、全米女子プロゴルフ協会(LPGA)の下部ツアーであるシメトラツアーに参加し、ツアーランキング9位となったことで、2017年からのLPGAツアー参加登録資格を取得した[4]。
LPGAツアーで初優勝したのは、
台湾で開催された「スウィンギングスカート台湾選手権」で、
ミンジ・リーに2打差をつけての歓喜の優勝だった[5]。2012年に姉のジェシカ・コルダがISPSハンダオーストラリア女子オープンを制しており、この勝利でLPGAツアー3組目の姉妹優勝となった。
2019年には、姉が初優勝した「ISPS HANDA オーストラリア女子オープン」で2勝目を挙げ[6]、「スウィンギングスカート台湾選手権」連覇も達成[7]。
2021年の「全米女子プロゴルフ選手権」にて
リゼット・サラスに3打差をつけてメジャートーナメント初優勝を果たした[8]。このメジャー初制覇により世界ランキング1位に躍進した[9]。「全米女子プロゴルフ選手権」の後、コロナ禍で延期された同年の「2020年東京オリンピックゴルフ競技・女子」のアメリカ合衆国代表に選出され、霞ヶ関カンツリー倶楽部で開催された本戦では3日目に首位に立つと最終日はスコアメイクに苦しむ場面が見られた上、
稲見萌寧の猛烈な追い上げでピンチに立たされたが、我慢のゴルフで振り切り、金メダルを獲得した[10]。
2022年4月に鎖骨下静脈の血栓の手術を受けて長期離脱したが、同年11月「アニカ・ドリブン by ゲインブリッジ at ペリカンペリカン女子選手権(当時「ペリカン女子選手権」)」で大会連覇[11]。
2024年にはメジャー2勝目となる「シェブロン選手権」優勝でLPGAツアー13勝目を挙げると、この勝利で出場5連勝を達成した。これはナンシー・ロペス、アニカ・ソレンスタムに次ぐ史上3人目の快挙であった[12]。次戦で連勝がストップしたが、その翌週の「みずほアメリカズ・オープン」と、2年ぶり3回目の大会制覇となった「アニカ・ドリブン by ゲインブリッジ at ペリカン」を勝利したことで、2011年のヤニ・ツェン以来となるシーズン7勝を達成した[13]。
2026年の「シェブロン選手権」で初日からの首位を守る完全優勝で2年ぶり2度目の大会制覇。メジャー3勝目・LPGAツアー17勝目を挙げる[14]。
ファミリー
ネリー・コルダは、スポーツ一家として知られている。父のペトル・コルダはチェコスロバキア社会主義共和国のプロテニス選手で、1998年全豪オープン男子シングルスの覇者である[15]。
姉のジェシカも女子プロゴルファーであり、LPGAツアーで6勝しており、東京2020オリンピック競技大会にネリーと共に姉妹でアメリカ合衆国代表として出場した。
弟のセバスチャン・コルダは父と同じプロテニス選手となり、男子プロテニス協会(ATPツアー)では2021年のエミリア・ロマーニャオープンで1勝している選手である[16]。