ノルゲ (海防戦艦)
From Wikipedia, the free encyclopedia
| ノルゲ | |
|---|---|
|
1910年、作家ビョルンスティエルネ・ビョルンソンの棺を運送するノルゲ | |
| 基本情報 | |
| 建造所 | アームストロング・ホイットワース、ニューカッスル・アポン・タイン |
| 運用者 |
|
| 艦種 | 海防戦艦 |
| 級名 | ノルゲ級 |
| 艦歴 | |
| 進水 | 1900年3月31日[1] |
| 就役 | 1901年2月7日 |
| 最期 | 1940年4月9日、ノルウェーのナルヴィク港で沈没 |
| 要目 | |
| 基準排水量 | 4,233t |
| 全長 | 94.6m |
| 最大幅 | 15.7m |
| 吃水 | 5.4m |
| 機関 | 蒸気機関 |
| 出力 | 4,500PS |
| 速力 | 17.2ノット |
| 乗員 | 最大270名、1940年229名、沈没時191名[2] |
| 兵装 |
アームストロング 1896年型 20.8cm(44口径)単装砲2基 アームストロング 1875年型 15cm(45口径)単装砲6基 12ポンド:7.62cm(40口径)単装砲6基 オチキス 4.7cm(43口径)単装機砲4基 12.7mmコルト対空砲2基 7.92mmコルト対空砲4基 20mmエリコン対空砲2基 45.6cm水中魚雷発射管単装2基 |
| [3] | |
ノルゲ (Norge)はノルウェー海軍の海防戦艦。ノルゲ級。ニューカッスル・アポン・タインにあるアームストロング・ホイットワース社で建造され、1940年4月9日にノルゲはドイツ駆逐艦からの雷撃によりナルヴィク港で沈没した。艦名のノルゲは、ノルウェー語でノルウェーの国のことである[4]。
ノルゲ級はノルウェー海軍最大の艦で、計画排水量3848トン、常備排水量3645トン、満載排水量4165トン[5]。全長94.57m、垂線間長88.39m、最大幅15.39m、計画吃水5.03m[6]。鋼鉄製の船体で、衝角を有した[7]。乗員は261名[6]。
主缶はヤーロー水管缶6基、主機はホーソン・レスリー製直立3気筒3段膨張蒸気往復動機関2基、合計出力4500指示馬力、2軸推進で計画速力16.9ノット[6]。公試では17.6ノットを発揮した[4]。煙突は2本[4]。航続距離は10ノットで6000浬[6]。
装甲は舷側装甲帯がクルップ浸炭表面硬化装甲(KC)で152mm、主砲前楯、後楯、バーベットがニッケル鋼でそれぞれ229mm、127mm、152mm[6]。他は司令塔が203mm、ケイスメイトが127mm、甲板が51mm[6]。
兵装はアームストロング44口径8.24インチ(20.93cm)パターンC型後装施条砲単装2基、アームストロング45口径5.87インチ(14.91cm)パターンFF型後装施条砲6門、アームストロング40口径12ポンド12cwt(76mm)速射砲8門、ホチキス45口径3ポンド(47mm)砲4門(6門とも)、45cm(17.7インチ)水中魚雷発射管2門[8]。5.87インチ砲はケイスメイトに4門、艦中央部の上甲板上に2門が、12ポンド砲は上甲板とシェルター甲板上にあわせて片舷4門ずつ、魚雷発射管は艦中央部に片舷1門ずつ搭載された[4]。
1919年に47mm砲がすべて撤去され、代わりに47mm高角砲2門が搭載されたともいわれる[9]。また、1930年頃に76mm砲2門が高角砲に換装されたともいわれる[9]。魚雷発射管は1919年ないし1927年に撤去された[9]。
艦歴
アームストロング・ホイットワース社で建造[6]。1899年4月14日起工[4]。1900年3月31日進水[4]。1901年に竣工した[4]。1901年2月7日に最終公試が行われている[4]。
1901年4月2日、コペンハーゲンでコペンハーゲン海戦100周年記念式典に参加[10]。1902年、イギリスのエドワード7世戴冠記念観艦式に参加[10]。
1905年のノルウェーとスウェーデンの同君連合解消後、「ノルゲ」と「トルデンショル」はノルウェー国王になることになったデンマークのカール王子(ホーコン7世)の乗る「ハイムダル」をクリスティアニアまで護衛した[10]。

1910年、「ノルゲ」はパリで死亡したノルウェーの詩人ビョルンスティエルネ・ビョルンソンの棺の輸送に当たった[10]。
最初で最後の戦闘

1940年4月9日の朝、山岳猟兵連隊の将兵を輸送中の10隻の駆逐艦から成るドイツの部隊が霧と吹雪の中オフォトフィヨルドに侵入した。ドイツ軍はアイツヴォルの艦長と接触し、降伏を要求したが、その要求が拒否されると戦闘準備の整ったドイツ駆逐艦がアイツヴォルの砲撃前に魚雷を発射した。
爆発音が聞こえた時、ノルゲはフィヨルドの奥深くにいたためドイツ駆逐艦2隻が暗闇から突然現れるまで何も見えなかった。ノルゲのペール・アスキム艦長は砲撃を命令した。21cm砲弾(前部砲1発、後部砲3発)を4発と右舷の15cm砲弾を7発か8発をドイツ駆逐艦ベルント・フォン・アルニムに対して発射した。射程距離は800m(870ヤード)と推測されている。悪天候のため砲の光学照準器の使用が困難であり、最初の一斉射撃は目標に届かず、その他は目標を超えたため失敗に終わった。
ドイツ駆逐艦は反撃する前に桟橋の横に着くまで待機した。ベルント・フォン・アルニムは12.7cm(5インチ)砲と機関銃を発砲したが、天候によりドイツ側の攻撃も失敗した。アルニムはまた、魚雷を2本ずつ合計3回にわたり斉射した。最初の2斉射は外れたが、最後の1斉射がノルゲの中央部に命中し、ノルゲはプロペラが回転した状態で1分以内に沈没した。乗組員の90名は凍った海から救助されたが、101名は20分以内に終わった戦闘で死亡した。

残骸
ノルゲの残骸はナルヴィク港中央の水深約20m(66フィート)の海底に横たわっている。一部は引き揚げられたが、ノルゲは戦争記念碑と考えられ、沈没船へのダイビングは禁止されている[11]。