ノースマン (菓子)

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販売会社 千秋庵製菓
販売開始年 1974年
日本での製造 千秋庵製菓
完成国 日本の旗 日本
ノースマン
NORTH MAN
販売会社 千秋庵製菓
販売開始年 1974年
日本での製造 千秋庵製菓
完成国 日本の旗 日本
関係する人物 岡部式二
外部リンク ノースマン|商品紹介
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ノースマン(NORTH MAN)は、北海道札幌市の製菓メーカーである千秋庵製菓(札幌千秋庵)で製造・販売されている菓子パイ生地アズキを包んだもの。1974年(昭和49年)に販売が開始されて以来[1]、千秋庵の洋風煎餅「山親爺」と並ぶ、同社の主力商品である[2]。北海道土産の定番の一つとしても知られる[3]

山親爺は1930年(昭和5年)に発売されて以来、千秋庵の人気商品であった[4]。しかし山親爺のみでは将来的に不安があったため、千秋庵の2代目社長である岡部卓司は、毎年のように新製品を作り出した[4]。そうした経緯で新たに開発されたのがノースマンである[4]

岡部は北海道外への出張が多かったことから、神奈川県横浜市横浜中華街で売られていた、餡をパイで包んだ「パイまんじゅう」を持ち帰り[4][5]、これに和洋折衷の菓子としての改良を加えることで開発された[1][6]。餡にバターを塗って食べると美味であることから「バターまんじゅう」という商品もあり、これも開発のヒントとなった[7]

当時のパイまんじゅうはあらかじめ小麦粉にバターを混ぜ込んだ生地が使われていたが油気が強いことが難点だったため、数か月にわたって試行錯誤が重ねられた[4]。パイの皮は硬からず軟らかからず、その加減も困難であった[6]。研究の末に、小麦粉で作った生地とバターを何層にも重ねて焼くと、食感が良くなるとわかり[4]、このパイ生地を使って、完成に至った[4]。当時開発に携わった千秋庵の社員の1人は、「パイ生地の温度管理など季節によって微妙なさじ加減がある。良い製法を常に追求している」と語っている[4]

名称の「ノースマン」は「北の人」の意味であり、開拓使への敬意と共に、北海道に住む人々が長い冬に耐え、北の文化を創造しようとする情熱への想い、その人々への敬意をこめて名づけられた[4][8]

令和期以降においては、札幌千秋庵本店の他、札幌市内や北海道内のデパート、スーパーマーケットなどの千秋庵各店や、新千歳空港、公式オンラインショップで購入が可能である[9][10]。2023年(令和5年)に開業した札幌千秋庵の新本店では隣接する本社工場で焼き上げるノースマンが、焼きたてで提供されている[11]

特徴

札幌千秋庵本店近くの自社工場で、3日間寝かせたパイ生地に、専用の充填装置を使って餡を乗せ、職人たちが1個ずつ手作業で形を整え、鶏卵卵黄を塗って、専用釜で焼き上げて作られる[4]。パイを焼くときには切れ目を入れることで中の空気を逃がしており、その切れ目を利用して、表面には北の方角を示す記号が刻まれている[6][12]

パイ生地は、噛んだときの食感の向上のために、バターを練り込んだ生地を500層以上に織り込み、さらに一晩寝かせてから焼き上げられている[13]。生地に包まれる餡は、北海道産の生のアズキの皮を剥いて作られる[14]。粒餡では皮の渋みが残りすぎるため、皮を剥いて濾すことにより、口当たりの良いパイと相性の良い餡ができあがる[14]。パイ生地は高級バターで作られている[15]

パイ生地の心地よい歯ごたえ[4][12]、餡のほどよい甘さ[4][12]、しっとりした口当たり[1]、和の餡と洋のパイの調和[4][12]、バランスのとれた「和洋折衷」が特徴である[4]

2022年(令和4年)の「生ノースマン(後述)」発売を機に、ノースマンの包装も、現代的なデザインに一新された[14]。ノースマンを象徴する力強さや懐かしさを残しつつも、商品のバリエーションと共に豊かな文化性、北国文化を彷彿させる織物や編み物がモチーフになっている[3][14]

バリエーション

2000年(平成12年)頃から北海道内外の菓子メーカー間で価格競争が激化し、千秋庵は徐々に守勢に回るようになった[4]。この逆境を乗り越えるための改革の一つとして、発売以来、1種類の味を守ってきたノースマンにも変化が加えられた[4]

2014年(平成26年)春、ノースマン発売40周年の意味もこめて、白餡に北海道産カボチャを練り込んだ「ノースマンかぼちゃ」を発売[4][9]。同2014年秋は期間限定で抹茶味も発売された[4]。2019年(平成31年)4月には「ノースマンハスカップ」を発売[16]

2020年(令和2年)に札幌千秋庵の新本店が開業した際には、粒餡の「ノースマン」が初登場[11]。「粒餡」の試作は以前にも行われていたが、アズキの渋みが残りすぎて商品化に至らず、技術の進化によって商品化が成功した[11]

2023年(令和5年)時点においては、春はサクラの餡、次にハスカップ、夏は塩レモンと言った具合に、季節ごとのノースマンが販売されている[13]

反響

発売直後は、売れ行きはそれほど良くはなかったが、口コミで評判が広がり、2年ほどで主力商品に成長した[4]。ピーク時には年間24億円を売り上げた[17]。山親爺と並ぶ札幌千秋庵の二枚看板となり、事業規模の拡大にも貢献した[4]。1997年(平成9年)においては、千秋庵で作られている400種類以上の菓子の内、ノースマンと山親爺の2つで、売上の35パーセントを占めていた[2]

1989年(平成元年)8月には、財団法人北海道菓子協会による最高位の名誉総裁賞に、松島屋菓子店(札幌市)のクッキー「大いなる愛よ夢よ」と共に選ばれた[18]。包装の一新後は、販売個数は半年間で約198万個、販売個数ベースでは前年同期比で27パーセント増を記録[19]。2023年(令和5年)においては、年間の製造数は400万個に達している[13]

北海道出身である元プロボクサーの内藤大助は、「ノースマンの餡の甘さとパイの食感が子供心に格別であった」と回想している[20]

生ノースマン

脚注

参考文献

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